夕焼け空に照らされた瓦礫の道を辿りアルバイトに向かう私の心はずるずると引きずられたように萎んでいった。

ふと私はある事件を思い出していた。
それは随分前のことで、あの古海先生の担当である現代社会の授業で印象的だった【ジャスダム教同性愛者 迫害事件】。

ジャスダム教というのは所謂新興宗教で戦後の政府と対立していて、改革をその手で起こす計画まで企てていたらしい。
しかしその膨らみすぎた力はあるスパイによって壊された。
そのスパイは男色と噂のあったジャスダム教の重役の一人をたぶらかし、体を張ってその内部を崩したとして英雄さながらに扱われている。

この計画はジャスダム教の重役が女人禁制であることから考えられた大がかりなものだった。
しかし事実を知った教祖は怒り狂い(彼は本当の意味で狂っている)、そのスパイを皮切りに宗派をあげての同性愛者殺しが始まったという。

街は戦争のように荒れて何人もが血を流した。
迫害されたのは同性愛者だけでなく、彼らまたは彼女らを庇おうとした人間も殺されていった。
これは世界で三回目となる戦乱の後の混乱期において最も不条理且つ悲惨な事件と言えるだろう。

そんなことが確か教科書にかいてあった。
昔の話といっても僅か二十年程前のことだ。

古海先生が丁度自分が幼い頃に現場を目撃したと語る顔がなんとも哀しく儚げだったのを覚えているが、今となればそれも合点がいく。

私に古海先生の気持ちは分からないけれど、あの哀しそうな表情が棗先生を想ってのものかもしれないと思うと、古海先生を一瞬好きになれそうな気がした。

ところが冷静に考えればあの人は恋敵だったと気付かされる。
頭を一振りしただけで切なくて苦しげな感情は苛立ちへと変わる 。

よくよく考えればなぜ私が棗先生とのことを黙っておく必要が あるんだ、なんてどんどん古海先生に騙されたような気分になっていった。
そしてその翌朝である今、知らされた棗先生の死。

私にとったらここのクラスメイトたちよりもずっと訳の分からないことだ。
何よりその事実を古海先生の口から知らされていることが我慢ならなかった。

睨むつもりで古海先生を見ると、可哀想 なくらい顔色は悪く、いつもはかけていない眼鏡の黒い縁が目元を隠していて、もしかしてすごく腫れてるのかもしれないなんて 、余計な想像を掻き立てられた。

先生は詳しいことは今からの全校朝礼で話すそうだと、だから速やかに体育館へ向かうように促 していた。
少し目線をずらすと他の生徒が目に入る。

キョトンとしている丸坊主の少年、泣きじゃくる女の子(彼女は確か美術部だった)もいる。
ちらほらとハンカチや手の甲で目元を押さえたり、徐に銀縁眼鏡を拭きはじめる優等生もいたり。
中には驚きつつも我関せずといった人もいるが、ともかく誰もが落ち着きをなくしていた。

そんな中、もやもやした私の心は感覚的にひとつの仮定を生み出した。
古海朱は棗湊音を殺したのでは、と。

ざわつく体育館内は全校生徒が集まると蒸されるような感じだった。
今日は余計に感じる。

「昨日亡くなった棗湊音先生のことですが、自殺ということで断定されました。」

教頭がいかにも哀しそうに話はじめて、私にはこの部分だけ切り取られて頭に残った。

先生が自殺となると、さらにざわめき出す生徒たち。
くるりと見渡すと古海先生はその端くれのように小さくなっていた。

「ね、棗先生って何かありそうな感じだった?」

前にいる所謂親友である笠城雫が振り向いて尋ねる。
私は首を横に振る。
わかんない、そう零すと彼女は考え込む。

「だってあのマシューだよ?」

回りからも同じような会話が聞こえていた。
そのうち、校長先生 がマイクをとり壇上に上がった。

「本当に哀しい次第です。
彼には色々な事情があったそうで、生徒には隠していたプライベートなことが原因だということです。
何を申し上げても、何もできません。
棗先生は帰ってきてはくれません。」

ひっそりと静かにすすり泣く声が聞こえる。
もういい歳をした校長先生の声は染み入るように耳に入っていく。

「何もしてやれなかった私たち教師どもをどうか許してほしい。 」

そう締めくくった校長先生の声に続いて、さっきの教頭の涙声が 、黙祷と号令をかけた。
相変わらずのすすり泣きの声に五月蝿い蝉の音がその式典を演出していた。

私には、誰よりも棗先生の真実を知りたいと思っている自信があった。
そこばかりは譲れない。

そしてやっぱり絶対に古海先生が絡んでいることは間違いなかった。



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