〈黒板に映った影とその背中
 私の為の貴方のすべて〉

ピンクの雲



燻んだ空に似合う街だ。
何も無いのにどうしようもなく体は疼い てしょうがない。

窓の外に流れる雲も灰色がかっていて今にも世界の終わりを告げそうな感じだ。
今日は気分が悪い。

私はなんだかんだで昨日易々と淡い恋とやらを奪われたのだ。
今、教室に足を踏み入れた担任に。
一瞬目を遣ってからプイッと窓の外を見る 。

何が楽しいっていう訳じゃないけれど私の目線の行き着く先なんてそんなもの。
いつものように出席を確認して、なんだか鬱陶しい連絡があるのだろうな…私はそう思っていた。

何かを黒板に記しているようだが一番前列の右端という席順の都合上先生の背中が見事に邪魔をして見えない。

書き終えて振り向 くと時間変更の件が見えた。
集会が組み込まれている。

「えー…残念なお知らせがあります。」

そう始める先生。
何が残念なんだろう。このご時世何もかもが残念すぎる。

「昨夜、棗先生が亡くなりました。」

ざわざわと教室中がさざめきだす。
私の耳も例に漏れずピクリと反応した。

慌てて教卓を見るとすっといつもに増して冷めた目で 生徒を見つめる古海先生がいた。
私は浅はかにも推理した。 きっとそうだ、この男――古海朱が一枚噛んでいると。
何の根拠も無いわけではない。
私は昨日決定的な場面を見たのだ。


棗先生は美術の担当だった。
授業での課題の絵付けを出すのが遅れていた私は丁度居残りをしていたのだ。
居残りといっても特に不器用だからと言うわけでないのだが、仕事柄昼間に休みたい私は出席数がギリギリだった。
その皺寄せがここにも。

因みにここ では大した問題ではないが、私の「仕事」は男相手に体を売る、 いわゆる娼婦である。

第三次世界大戦後というこの時代は生活するのも容易でないのだ。
私は他にいた生徒数名よりも早くに作品を仕上げ、棗先生のところに見せにいこうとした。
時間の惜しい私はこっそりと仕事先に借りている部屋に持ち帰り、大体を仕上げていたのだ。

今日はお店にも言ってあるからあわよくば先生とお喋りなんてしようかと 思っていたところだった。

ピカピカと不自然なほど艶のある廊下に足跡を残してやろうかなんて思いながら職員室に向かうと、そこには棗先生はおらず、恰幅のいい科学のなんとか先生と現国の山科先生だけだった。

お二人によると棗先生は古海先生と一服しに行ったそうだ。山科先生は御丁寧に場所まで説明してくれたが 、そこで私は恋破れたのだ。
思春期特有の恋心だろうなぁ、なんて思いながら浮き足だって棗先生の居るであろう場所へと向かう 。

【美術準備室】と書かれたプレートを見上げ立ち止まると不意に 辺りがしんとした気がした。(きっとこればかりは本当に私の気 のせいだろう。)

そしてドアノブに手を掛けながら視線をうろうろさせた。
そういえばと聞いたことがこの妙なタイミングです らすらと頭の中を過っていく。

一服といえば煙草(学校だからと禁煙される時代もあったようだ が今は細かいことを言うのも面倒なのだろう、そんなこともない )を思い出すが、確か古海先生は吸うけれど棗先生は吸わないのだ。
というより嫌いらしい。

しかしこの二人は相当仲が良いらし く、実は兄弟だなんて言われる程だ。
実際、なにやら事情があって一緒に住んでいるという話も聞いたことがある。

また休憩時間の使い方として珈琲・紅茶を飲むなら職員室に給湯室が小さく造りつけられている。
そして煙草を吸うでもなく、山科先生によると、よく二人で連れ立ってどこかへ行くという。
何処へ、と聞くと決まって美術準備室。
私から言わせてみれば怪しいこと極まりないのだ。

男同士のカップルなんてざらにいるしな 、なんて。

過剰にそういう考えに至ってしまうのは職業病だろうか。

棗先生に限って、と慕情を頼りにドアを開けると目に映り込んだ 光景に驚きつつ落胆した。

準備室のカーテンは引かれていて僅か に覗くオレンジの光が柔らかく波打つようにちらつき、ああもうこんな時間かと気付かされる。

そんな風景に溶け込むように二人は深く口付けを交わしていた。

別に誰々と誰々のキスシーンを見 るのが初めてなわけではない。
仕事柄、歳の割りにはそういった 類の度胸は座っているつもりではいる。

それでもこんなことで動揺するなんてまだまだ私も子供だと思い知らされた。
唇を噛み締めて浮かぶ、古海先生は男なのに、という古ぼけた新しい言葉が虚しかった。



「…え?」

そう聞こえたと思えば棗先生と目があった。
全身で色気を放って いた先生の空気は一瞬で凍りついた。

「霞?」

私に気づいた古海先生は、はだけた棗先生のシャツのボタンを落ち着き払った様子で留めていった。
古海先生は棗先生になにやら ボソボソと言ってから私に向かった。

「霞、お前黙っててくれるな?」

そう柔らかい声で私を宥めるように言うのに、自分のシャツは、 はだけたままで不覚にもどきりとした。
先生は課題出しに来たんだな、とかなんとか呟いて私の手からそれを取り上げてひらひらと棗先生にみせる。

湊音、と棗先生を名前で呼び掛ける姿がやた ら馴染んでいて悔しい。
棗先生は怯えたようにずっと震えていた 。

いつもの先生なんてその時どこにも居なかった。

私は古海先生に今日は帰ってくれと促されて帰路についた。


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