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 どれぐらいの時間が経っただろうか。後ろの窓から差し込む光がオレンジ色に変わってきていることを映りこんだ書類が教えてくれた頃、俺はようやく顔を上げて辺りを見回した。
 集中すると時間を忘れる癖は治りそうにない。そう思いながら沢庵を探すべく立ち上がろうとして、目の前に置かれたティーカップに気付いた。中を覗きこむと湯気の立った珈琲が空調の風に煽られ波打っている。

「?」

 まさか役員か誰かが来たのだろうか?そう思っていると、机の向こう側から伸びた触手が端を掴み沢庵が上に乗り上げてきた。

「おつかれ、さま?」
「おい、まさかこれ沢庵が入れたのか?」

 半信半疑で問うと、沢庵はきょとんとした顔で頭を傾げた。

「ちば、こーひーくれ、いった」

 その言葉にそう言えば他の役員がいる頃の癖で言ってたかもしれないと考える。
 しかしどうやって珈琲の入れ方を知っているのだろうかと不思議に思っていると、沢庵の背中から触手で巻き付けている本が目に入った。
 見れば、副会長の私物である「美味しい珈琲の入れ方」の本だった。立ち上がって床を見れば、それ以外にも辞書や書類、私物の本など様々な書籍が転がっている。

「お前、字読めるのか…凄ぇな…」
「れんしゅー!いっぱい、れんしゅー!」

 恐らく本を読みながら解読しつつ覚えていったのだろう。一生懸命な奴は嫌いじゃない、むしろ好きだ。

「偉い偉い、」
「へへー」

 俺は沢庵の頭を撫でながら珈琲を口に含んだ。丁度いい濃さに満足しつつ机の上で嬉しそうに目を細めている沢庵を膝に乗せる。
 そしてプルプルと震える体を撫でつつ珈琲を嗜んでいると、自分を見つめる視線に気付いて視線を下に向ければ大きな目がこちらを見つめていた。

「なんだ?」
「ちば、たくあん、すき?」
「ん?おお、好きだぞ」

 戸惑いつつもそう返事すれば、沢庵は嬉しそうに目を細めた。

「たくあんも、ちばが、だいすきだ、ぞー!」

 そう言って体を寄せてくる沢庵が可愛くて思わず強く抱きしめたら、体から伸びた触手が俺を包むように抱きしめ返した。ちょっとこいつ本当に飼いたくなって来たぞ。寮は一人部屋だから飼えないことも…ないか?
 そんな考えを巡らせていると、腕の中の沢庵がもぞもぞと動き出した。
 苦しかったのだろうかと力を緩めると腕の間から見えた、いつの間に増やしていたのか幾数本の触手が見えて俺は思わず緩めた拘束にまた力を加える。
 あれ。今のは一体なんだ。

「ちばー!」
「ひっ」

 もごもごと腕の中で動く沢庵は、背中に回していた触手をするりとシャツの襟に侵入させると直接素肌に摺り寄せてきた。冷たい感触に反射的に悲鳴が漏れる。
 同時に、広げてしまった腕の中の沢庵が増やした触手を俺の体に絡めるよう寄せてきて、ぞくりと鳥肌が湧き上がった。
 前言撤回。誰だ可愛いとか言った奴っ。これじゃあホラーじゃねーか…!

「おい、沢庵ちょっと落ち着け…!」
「?たくあん、ちば、すきだぞ?」
「いや、分かってるから。分かったから」
「ちば、たくあんきらい?」
「嫌いじゃないけどちょっと俺にはこの求愛行動はディープ過ぎると言う…かっ、んっく…!」

 器用にシャツのボタンの隙間から体、というか触手を侵入させた沢庵は暫く肌の表面を撫ぞるだけを繰り返していたが、鳥肌と一緒に立った突起に気付きその上で執拗に触手の先端を動かし始めた。
 その行動の意味を理解しているのかいないのか、とにかく俺の問題はその感触にむず痒い反応を覚えていることにある。
 冷たく柔らかいそれが与える感覚は決定的な答えが見つからないもどかしさを俺に伝えており、ついそれを弄る触手にも手が伸びた。
 しかしすぐに理性を取り戻すと、羞恥に赤くなる顔を自覚しながら別の意図を持って触手を掴み沢庵を睨みつける。

「…っお前が俺を好きなことはよく分かった、分かったから一度落ち着いてこれをなお…って待て待て待て待て待て!そこは駄目だ!そこは駄目…!」

 こいつは。人の話を聞いているのだろうか。
 会話中も絶えず上半身を滑っていた触手が、とうとう下半身の方にまで手を伸ばしてきた。
 慌ててベルトをきつく締めなおすが、流石スライムと言うべきなのか、隙間から形を変え侵入を果たした触手はその出口で更に自身の先端を2つに分けると萎えたペニスに伺うような雰囲気を持ちながら触れてくる。

「ひっ」

 当然冷たい感触で快楽を覚える筈もない。それでも狭い空間で動き辛そうに蠢く触手が布越しに見える視界の不快感に俺は仕方なくベルトを緩めるとボタンとチャックを開け触手に絡め取られた自身とこんにちはをした。

「?ちば、おっきくならないよ?」
「…当たり前だバカ。一体何をしたいんだお前は」
「だって、ほんかいてた」
「………何の本を読んだんだ」
「これ」

 そう言って地面に落ちていた本の一つを触手で絡めとると俺の前に差し出す。見ればそれは男性同士の恋愛を好む書記の私物だった。おい、なんだこの表紙は。可愛い顔をした少年と青年が裸になってるじゃねーか。

「すき、だから、せっくすー!」

 沢庵の行動に納得はしたもののそれとこれは話が別である。また動きを再開した触手はペニスだけじゃなく足に絡めるように動きを徐々に下へと移動させ、別の触手は上半身を這う様に肌を滑らせる。

「ひっ」

 元々セックスってもんは同じ動物同士が行うもので、つまり同じ体温同士が与える温もりでその緊張感を解しリラックスを与えるからこそ快感を拾えるものだ。
 俺はある程度まで熱は感じるものの、それ以上の快楽が拾えずもどかしくて身体を捩らせた。沢庵はそんな俺に望んでいた反応が返ってこないことを不思議に思ったのか顔を近付けて目を合わせた。

「きもち、よくない?」
「いや、だからそもそも俺はお前とは…」
「たくあん、きらい?」
「う…っ」

 悲しそうに下がる目が俺を捉える。何故か捨てられた子犬のような目(って言っても見たことないけど)をしてくる沢庵に妙な罪悪感を感じて俺は溜め息を吐いた。
 沢庵は首を傾げて俺を見つめる。

「大体な、俺は男だぞ」
「このほんも、おとこどーし!」
「確かにそうだが…ていうかスライムに性別なんてあんのか…?」
「たくあん、げんきなおとこのこー」

 そう言いながら頬に顔をすり寄せる沢庵に俺はどう説明しようかと考えた。無闇に断るとまた何か悲しそうな目をされそうだし…。

「ちば、たたない、なんで?」
「そりゃ冷たいし怖いしで緊張してんだからそりゃ勃つもんもたたねーだろ」

 いや、でもそもそもこいつセックスが何かってことを良く分かってないんじゃねーか…?

「つめたい?」
「そうだよ、人間ってのは案外デリケートに出来ててだな…」

 でもスライムのこいつにどう説明すればいいんだ。こんな事なら放置するんじゃなかった。まさかここまで知能があるとは…。

「じゃあ、これ!」
「ん?…んぐっ」

 どうやら考えている間無意識で沢庵と会話していたらしい。沢庵が嬉しそうな表情で俺の眼前に姿を現したので意識をこちらに戻すと、不意に体から新たに伸びた触手が口に入ってきた。
 驚いて顔を横に振るが、その勢いのせいか触手の先端を噛み千切ってしまいそのまま飲み込んでしまう。

「げほっ、ちょっ、沢庵お前何すんだ!」
「たべた?」
「食べたも何も、んなもんそりゃ飲み込んで…っ」

 腹を壊さないだろうかと心配になりながら腹部を擦れば、不意に訪れた強い熱に俺は思わず口を閉ざした。
 ずっと肌の上を滑っていた触手達から与えられる感触が、もどかしさと緊張感から意図した熱に変わってきている。俺は驚きながら沢庵を見た。

「ちば、きもちいい、せっくす、きせいじじつ、こいびとー!」
「おいおいおいおいおい…」

 子供のようにはしゃぐ沢庵を呆然と見ながら、俺は開いた口が塞がらなかった。
 こいつ、完全に全部を理解した上で俺を自分のものにしようとしてるのか…!

「ちょっ、待っ、て…!俺はお前と恋人には…っひん!」

 どうやら先程口に入れた沢庵の一部がこの熱と関係しているらしい。触手が突然熱を持ち出したように感じるのも、そのせいか。
 先程まで冷静でいられる程度だった感触は、今は理性を壊すかのような甘い痺れと背筋を駆け巡るぞわりとした感覚をもたらしてきて俺は椅子の肘掛を強く握り締めた。

「っく…、」
「ちば、たくあんとこいびと、いや?」
「嫌も、何も…っ、俺とお前はまだ会ったばかりだろーが…っぅん!」

 熱に浮かされた脳ではまともに返事なんか出来るはずもない。自分で発言しておきながら何をその気のある乙女みたいなこと言ってるんだ俺は、と自分に突っ込みを入れたところで沢庵が自分の口部分であろう窪みを俺の唇に当てた。
 これはキス、のつもりなんだろうか。

「ここからはじまるこいもあるー」
「それは今見せてきた本のタイトルじゃねーか…!」

 驚く程にそのまんまだな、おい!と思わず口を開くと多分本で覚えたのだろう、沢庵の「やさしくするよ?」という発言に俺は頭を抱えた。何があれって、俺も俺で初めから嫌悪感自体は感じてないことだよ、畜生。



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