週末審神者の朝


 
 ――朝。
 多分、もう朝。

 意識は徐々に覚醒してきているけど、でもまだ無理。起き上がりたくない。あったかい布団から出たくない。
 確か今日は休日だし、そんなに慌てて早起きする必要もないはずだ。
 うっすら目を開けて枕元のスマホに手を伸ばす。部屋の中はまだちょっと薄暗くて、画面を付けた瞬間の眩しい光に目が眩んだ。
 ――ほらやっぱり。今日は土曜日だ。週休二日制の身としては嬉しい二連休初日の朝だ。時間は7時を少し過ぎたところ。起きるにはまだ早い。

 休みの日くらいもっと長くだらだらと寝ていたいんだけど、もうすっかり習慣になっているのか、アラーム無しでも大体いつも同じ時間に目が覚めてしまう。
 まあ今日はまだ起きないけど。だって仕事行かなくていいんだし。

 もぞもぞと布団を頭まで被り直し、二度寝の体勢に入った私の耳に、ふと嫌な予感のする音が聞こえてきた。タタタッと軽快に跳ねるような足音。多分子供が走ってる音。こっちに近づいてきてる気がする。

 ――いや、私まだ子供いないし。一人暮らしで他に同居人もいないし。あ、もしかしてお隣さんのお子さんかな。だとしたらちょっと迷惑なんだけど。朝っぱらから騒ぐなよ。ただでさえ壁の薄い安アパートなんだから。

 それでも腹立たしさより眠気の方が遥かに勝っていた私は、我慢して再び寝に入ろうとした……その時。
 だんだんと近づいてきていた足音は、私の部屋の前でぴたりと止まった。そして、部屋を仕切っている障子が音を立てて勢いよく開かれた。
 ……ん? 障子なんてうちにあったっけ?


「あるじさまー! あさですよー!」

 眩しい日の光とともに、聞き覚えのある子供の高い声が私を直撃した。
 けれど私は布団に全身すっぽり包まったまま、無視して小さく縮こまる。
 声の主が誰なのか察しはついた。それと同時に、ここが自分の家じゃなかったことも思い出した。

「はやくおきてくださーい!」
 私が相変わらずの無視を続けていると、その子はドーンとか可愛い声で言いながら思いっきり助走をつけて私に突撃してきた。腹部を襲った突然の衝撃に思わず呻く。しまった。狸寝入りがバレた。
 するとその子は、今度は横たわる私に馬乗りになって、無邪気に笑いながら足をばたつかせた。お馬さんごっこでもしてるつもりか? 今の私はどっちかというと芋虫だけどな。
 それでも私はまだ無視を続けた。しかしその子は諦めるどころか、どんどん勢いをつけてエスカレートしていく。前後左右に激しく揺さぶられて気持ちが悪い。これ絶対わざとだ。こいつ分かっててやってやがる。
 私は仕方なく、布団を被ったままなんとか声だけ絞り出した。起き抜けの、おっさんかよってくらい低く掠れた声を。

「……いまつる……重い……」
「あるじさま、あさですよ! はやくおきないとあさごはんがさめてしまいますよ」
「……いらない」
「だめです。あるじさまのぶんももうよういしてありますよ。それに、きょうはぼくといっしょにたべるやくそくです!」
「え? そうだったっけ……」
「……わすれてしまったんですか?」
 今剣は急に声のトーンを落として大人しくなった。布団の隙間からこっそり顔を覗くと、悲しそうに俯いて今にも泣き出しそうな雰囲気。
 あ、やばいな、なんかちょっと罪悪感が……。
 子供に泣かれるとこっちが悪くなるから敵わないんだよ……しょうがない、ここは大人らしく折れてやるか。
「……わかったよ、起きるよ。起きるからどいて」
「……はーいっ!」
 さっきのしょんぼりモードはどこへやら、今剣は元気よくぴょんと私から飛び降りた。
 ちょっと待って、今のまさか計算? 騙された? ……最悪。

 嫌々ながらにのろのろと体を起こし、眠い目をこすりながら辺りを見回すと、やっぱりここは私の家ではなかった。
 私のアパートはフローリングのワンルームだし、いつもは量販店で買った安物のベッドに薄っぺらいマットレスで十分とは言えない睡眠を取っている。
 でもここは完全に和室だ。畳と障子。その上に敷いたふかふかの分厚い布団。なんとなく旅館っぽい雰囲気がする。
 ――そうだった。昨日の夜、こっちに来てたんだった。すっかり忘れてたわ。

「はやくいきましょう!」
 今剣に引っ張られながら、私は着替えもせずに起きたままの格好で、とりあえずスマホだけ持って食事会場である大広間へと向かった。上下ジャージで髪はぼさぼさのドすっぴんだけど、まあいいか。ここにいるのはどうせあいつらだけだしな。



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