「――おい、何やってんだよ!」
 
 大将が留守の時でも本丸を滞りなく運営する――近侍として、みんながちゃんと自分の役目を果たしているか見回りをしていた時のことだった。
 離れにある板間の道場風な手合せ場で、キンと刃の鳴る鋭い音が響き渡った。

「どうだ、オレの方が強くてかっこ良いだろ!」
「ああ? 刀にかっこ良いも何もあるかよ。まあ、強さで言ったら俺の方が上だがな!」

 互いの顔を睨みつけながら刃をぶつけていたのは、和泉守と同田貫。すでに何度か斬り合っているのか、二人は体の所々に血を滲ませていた。

「二人とも、なに真剣抜いてんだ! 大将に手合せは木刀か竹刀でやれって言われてるだろ!」
「……あ? 刀は斬れなきゃ意味ねえだろうが。手合せでも本番を想定してやらねえとなぁ!」
 和泉守が交えていた刃を弾き、さらに一歩踏み込んでまた斬りかかろうとする。同田貫はその大振りな動きを見切って躱し、自身でそれを受け止めた。
「……斬って斬られるのが刀の本質だからな。あいつはいっつも言うことが甘えんだよ!」
 今度は同田貫が攻めに転じる。
 何度も響き合う金属音、赤く滲む傷、殴り合い蹴り合いで出来たのであろう青あざ。

 ――ああ、これ間違いなく大将に怒られる奴だ。

「やめろって言ってんだろ!」
 とにかくやめさせなければと、間に入って止めようとしたけれど、情けないかな、オレの小さな体では二人を抑え込むことはできなかった。
「……くそ、いち兄呼んでくるか」
 二人に、大人しくしてろよ、とおそらく意味をなさない声を一応は掛けて、オレはすぐさま、頼れる兄の元へと駆け出した。





「――いち兄! いち兄いるか!?」
「厚? どうしたんだい?」
 大声で呼びかけながら探していると、庭で弟たちを遊ばせている兄を見つけた。走った勢いを殺しきれずに廊下で転びそうになりながら、オレは早口でいち兄に説明と助けを求めた。
「い、今、手合せ場で和泉守と同田貫が真剣抜いてて……! オレだけじゃ止められないから、いち兄も来てくれ!」
 息を切らしながらもなんとか説明すると、いち兄はオレの焦った様子から状況を察したらしく、すぐに頷いてくれた。
「……わかった、すぐに行くよ。お前たちはしばらくここで遊んでいなさい」
 弟たちに優しく言うと、いち兄は真面目な顔でオレに振り返った。
 オレたちは急いで手合せ場に向かった。

「それで、お二方の様子は?」
「うん、二人ともかなり頭に血が上ってる。別に喧嘩とかではないみたいなんだけど」
「そうか……怪我もしているのかい?」
「切り傷と打撲かな、やっちゃってるのは。大将に手入れしてもらわないといけないレベル」
「……また、主殿の雷が落ちそうだ」
「多分。まったく、和泉守も同田貫もいい加減学習すればいいのに」
「えっ、兼さんがどうかしたの」
 廊下ですれ違った堀川が、足を止めてこちらを振り返った。
 さすがは助手、たった一言発しただけの相棒の名さえ聞き逃さないとは。
「あー、えーっと……今、手合せ場で和泉守と同田貫が真剣勝負してるんだ。本当に真剣で。それで、今オレたちで止めに行こうとしてるとこなんだけど」
「真剣!? ……そう、わかった。僕も一緒に行く。兼さんがやっちゃったことは、助手の僕の責任でもあるから」
「……うむ、ではお願いできますかな。こういう時は人手が多い方が良いでしょうから」
「……そうだな。悪い、堀川。手伝ってくれるか」
「任せてよ!」
 頼もしい笑顔を見せる堀川を連れて、オレたちは足を速めた。
 どうか手合せ場が血まみれの惨状になっていませんように。


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