貧乏性


 
「……あー……どうしよ……」
 未達成の課題の山を前に、とめどなくため息が漏れ出る。
「やらなくてもいいんじゃないですか?」
 近侍用のスマホをいじりながら、他人事のように呑気に相槌を打つ鯰尾。その横では、今日の本来の近侍である骨喰が、机に本を広げて静かに読書をしている。
「いやー、でもねぇ……」
「やりたいならやりましょうよ」
「別にやりたいわけではないんだけどさ……やった方がいいかなぁ……骨喰はどう思う?」
「俺はどっちでも」
「……あ、そ」
 そのそっけない返事に、私はまた盛大にため息を吐いて机に突っ伏した。





 数日前、政府から審神者に特別任務が下された。
 内容は、ある特定の時代に大量の時間遡行軍が現れたため、全国の審神者が一丸となって排除せよ、というもの。
 原因はよくわからないみたいだけど、時々こういった現象が起こるらしい。しかもこうして集まってくる奴らは結構な強敵ばかりとかいう噂。

 本当、歴史修正主義者とか時間遡行軍とか、あいつら一体何考えてんだろ。非常にめんどくさいんで今すぐやめてもらいたいんですが。
 
 ちなみにこの任務、一応全員に下されてはいるけど強制はされていない。だから、別に出陣しなくてもペナルティが課されることもない。
 じゃあなんで私がこんなに悩んでいるかというと、この任務を達成すると支払われる特別報酬がネックなのだ。
 
「一定数の敵を倒すと、通常の報酬に加えてプラスアルファが貰えるんだってよ。ほら見て、結構豪華」
 政府から送られてきた任務の案内メールを開いて、今回の報酬一覧を鯰尾と骨喰に見せた。中にはお守りや御札なんかが含まれている。どれもうちではなかなか買えない高級品だ。
 鯰尾は体ごと乗り出して私のスマホを食い入るように見ていたけど、骨喰はちらっと視線を寄越しただけでまたすぐに読書に戻ってしまった。
「へー、本当だ。政府も太っ腹ですねー」
「ね。多分こうでもしないと参加する人いないんじゃない? ほら、馬の鼻先に人参的な」
「なるほど。人間も大概現金ですね」
「そんなもんでしょ」
「で、主さんは何をそんなに迷ってるんですか?」
 鯰尾の視線がスマホの画面から私に移る。
「……いや、なんかさ、敵めっちゃ強いらしいんだよ。前回参加した審神者が言ってたんだけど」
 そう、私は今回が初めての参加なんだけど、過去にも同じような任務が下されたことが何度かあったらしい。私よりも長く審神者をやってる人たちは、「相当きついから覚悟しろ」って皆それしか言わない。そんなこと言われたらやる前からビビるわ。

「なんかさぁ、刀装もすぐ壊れるし中傷重傷は当たり前って言ってたから……」
 いろんな先輩審神者が言っていたことを思い出し、また気分が落ち込んでくる。深くうなだれる私の肩に、鯰尾が優しくそっと手を置いた。
「主さん、そんなに俺たちのこと心配してくれてたんですか……?」
 私の顔を覗き込む鯰尾の目が、きらきらと光っているような気がした。
「……え? ……ああ、うん……」
 一瞬、何言ってんだこいつと思ったけど、私は咄嗟に頷いて肯定の意を示した。
 実のところ、私の本心は別にあったんだけど、さすがにここで否定したら人としてどうなんだ、とわずかな良心が働いた。
 それなのに――

「主が心配しているのは、俺たちじゃなくて資源の方だろう」
 いい感じの雰囲気で私たちが見つめ合っていたところに、間髪入れずに骨喰が口を挟んできた。視線は開いた本に落したまま、読書に集中していると見せかけての奇襲。さすが脇差、恐るべし。心臓が一瞬跳ね上がったわ。

「資源?」
 鯰尾が小首をかしげて聞き返す。私が口を開くより先に、骨喰が弁解の余地は与えないとでも言うようにやや早口で説明し始めた。
 くっそう……いつもほとんど喋らないくせに……!

「刀装が大量に壊れれば、また新しく同じだけの量を作らなければならない。俺たちが傷つけば、手入れを施さなければならない。今回の任務は恐らく、報酬欲しさに出陣する審神者同士の敵の奪い合いだ。より多くの敵を倒した者がそれだけ多くの報酬を得られるならば、時間との勝負。手入れが終わるまでの時間も惜しいはず。となれば、手伝い札も大量に消費することになる」
「……つまり?」
「主は特別報酬は欲しいが、せっかく貯めた資源と札を使い果たすのが嫌だから悩んでいる。……と俺は考えている」


 ――はい正解。お見事、その通りでございます。
 まったく、ぐうの音も出ないわ。



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