【浅井長政】



「はい、あんたにも一つね」
 彼女から手渡されたのは、小さな一口大の包み紙。掌にちょこんと乗るそれには、『Chocolate』の文字が書いてある。
「おい、なんだこれは!」
「なにって……チョコ」
 彼女は長政に向かって真顔で答えた。長政がどうして声を荒げているのか、理由がわからない。
「それはわかっている! なぜ私に渡すのだ!」
「……バレンタインだから?」
「バ、バレンタインのチョコレートは意中の相手に渡すものだろう!?」
 慌てた様子の長政に、彼女はようやくその意味を理解した。そして、堪えることなく思いっきり噴き出した。
「――あっははは! ちょっと待って、あんたこれを本命だとでも思ってんの!? どう見てもただの義理じゃん! ほら、こうやってみんなに一個ずつ配ってんの!」
 彼女は手に持っていた大袋を持ち上げてみせた。どうやら長政に渡した物も、その中から取り出した一つらしい。
「なっ……それならそうと早く言え!」
「いやいや、普通わかるでしょ」
 勘違いした恥ずかしさゆえか、長政の頬に赤みが差していた。彼女はまだ笑いが収まらないようで、にこにこと笑顔を浮かべている。
「……そもそもね、あんな美人な彼女がいる相手に本命なんて渡さないって」
「……は?」
「もう貰ったの? それともこれから?」
 聞いたのはただの興味本位からだったのだが、長政の顔がどんどん赤くなっていくのが面白くて、彼女はつい意地悪をしたくなった。
「きっとものすごーく、気持ちの込もったものなんだろうねー。やっぱ手作り? 羨ましい限りだわー」
「ちゃ、茶化すな! 貴様、面白がっているだけだろう!」
「あははは、いいじゃん別に」
 ふざけて笑っていると、ふと、視界の隅に人影が見えた。見覚えのある姿に、彼女は慌てて笑いを引っ込めた。
「あー……ごめん。私、まだこれ配らないとだから先行くよ。じゃ、あとはお二人で」
「あっ、おい! お二人でとはどういう――っ!?」
 彼女は手を振って急いで駆けて行く。すると、突然腕に何かが絡みつき、長政は思わず息を飲んだ。
「――い、市! 貴様いつのまに……」
「……長政様、あの人誰?」
 市が長政を見上げて尋ねた。まるで、どこにも逃がさないとでもいうように、両手でしっかりと長政の片腕を掴んでいる。
「いや、なに、ちょっとした知り合いだ」
 嘘を吐いたわけではないのだが、変にどもってしまった。と、市が長政の握られた手に目をやった。
「……それ、なぁに?」
「それ? ……ああ、これはあやつがくれてな。義理チョコだそうだ」
 掌を開いて、小さなチョコレートを市に見せる。市がきゅっと唇を噛んだことに、長政は気づかなかった。
「そ、そうだ市……そういえば、まだ貴様からは貰っていな――痛っ!?」
 市の手がぎりぎりと長政の腕を締め上げていた。



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