【後藤又兵衛】



 彼女は大きな紙袋にたくさんのチョコレートを詰めていた。その背後から、又兵衛が不思議そうに様子を伺っていた。
「お〜い? なぁにやってんだよぉ?」
「明日持ってくチョコ準備してんの」
 手を休めることなく、彼女は声だけで返事をした。又兵衛の眉がぴくりと動いた。
「……はぁ? 明日? なんでだよ」
「バレンタインだからね。ちょっと早いけど、みんなに配るの――あっ」
 しまった、と彼女が思った時には時すでに遅く、ちっ、と又兵衛が舌を打つ音が聞こえた。
「みんな、だァ? オレ様以外にもやるのかよぉ?」
 明らかに不機嫌に、怒っているような声を出す又兵衛。その苛立ちを表すように、規則正しい貧乏揺すりまで聞こえてきた。
「……そんなに怒らなくても義理だよ。こんなの、安物の既製品だし」
 彼女は鬱陶しそうに又兵衛を振り返った。この嫉妬深さはいつものことだが、少し面倒にも思う。
「義理ならやる必要ねぇだろ。なんでそんなにいっぱい――」
「仕方ないでしょ、社交辞令だよ。私だってあげたくてあげるわけじゃないんだから」
「やりたくねぇならやらなくていいだろ」
「だからー……はぁ」
 どう説明してもわかってくれない又兵衛に、思わずため息が出る。しかし、又兵衛が一瞬だけ傷ついた顔をしたのを、彼女は見逃さなかった。
「こんなことで焼きもち焼かないでよ、もう」
「バッ……馬鹿か! だ、誰が焼きもちなんて焼いてんだよ!? ふざけんな、木偶!」
「はいはい。……じゃあ、どうしたらいいの?」
 こうなったら、折れるのはいつも彼女の方だった。こんなつまらないことで又兵衛との関係をこじらせたくない思いと、あとは単純に、嫉妬されること自体嬉しくないわけではないからだった。
 彼女がまっすぐに見つめると、又兵衛は気まずそうに俯いて小声でぼそぼそと話し出した。
「……オレ様のは」
「ん?」
「……オレ様のチョコ」
「……ああ、そうだね。うん、もちろんあるよ。特別に手作りしたのをあげるから、待っててくれる?」
「……それだけか?」
「それだけ、って――」
 又兵衛は、言いにくそうに視線をきょろきょろと彷徨わせる。その様子から、彼女は又兵衛の内心を悟って小さく頷いた。素直じゃない彼の本心を汲み取るのも、彼女にとってはもはやお手のものだった。
「……あ、そうだ。ねぇ、当日は一日デートしない? たまにはゆっくり二人で過ごしたいし、それに……久しぶりに家、寄らせてよ」
 こちらから提案する形にした方が、又兵衛は賛同しやすいのだ。しかし彼女にとってもこれは本心だった。
「――おう。し、仕方ねぇから付き合ってやるよ……」
 又兵衛は相変わらずの無愛想だが、その瞳はわずかに輝きを宿した。彼女はそれを確認すると、慈しむような笑みを浮かべた。



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