【黒田官兵衛】



 官兵衛はこの時期を毎年楽しみにしていた。少し前までは周りをひがむばかりだったが、彼女と知り合ってからは、逆にひがまれる立場となったのだ。
「あ、いた」
待ちに待った彼女の声が聞こえた。官兵衛は勢いよく振り返った。
「おお! 待っていたぞ!」
 ぱぁっと顔を輝かせる官兵衛に、彼女は一瞬顔を強ばらせた。
「……なに?」
 明らかに不機嫌な声を出したのだが、官兵衛はまったく気づかない。
「何ってことはないだろう!? 今日はあれの日だぞ! 小生はお前さんがくれるあれが楽しみなんだ」
 無邪気な官兵衛に、彼女の苛立ちは募る一方だった。
「ああ、チョコ? 欲しいの?」
「そりゃあ欲しいさ! 小生にチョコをくれるのは、お前さんくらいしかいないからな!」
「……ふーん」
 素っ気ない彼女の態度に、さすがの官兵衛も不審に思ったらしい。長身を折り、彼女の顔を覗き込んだ。
「……もしかして、機嫌悪いのか? 小生が何かしたか?」
「…………」
 彼女は眉間にしわを寄せて押し黙っている。何かを悩んでいるようにも見えるが、官兵衛にはまったく心当たりがなかった。
「ええっと……その、チョ、チョコは……」
「……一応あるけど」
 はぁ、と大きくため息を吐いて、彼女はようやく口を開いた。官兵衛の瞳に輝きが戻る。
「そうか! なら早く――」
「えー……どうしよっかなぁ……」
「――!? な、なぜじゃあ!」
「……去年のこと覚えてないの?」
 彼女は問いかけるような視線を官兵衛に向けたが、官兵衛はぽかんと口を開けるばかりだった。
「……去年?」
「はぁーあ……やっぱ覚えてないか……去年、私があげたチョコ落として割ったでしょ」
 両手を封じられている官兵衛にとって、物を掴むことはかなり難しい。去年は彼女が渡したチョコレートを、受け取った瞬間に見事に地面に叩きつけていた。
「初めて作った奴だったのに……せっかくハート型にしたのに、真ん中から真っ二つにするとかありえない」
 彼女は怒っているような悲しんでいるような顔をした。
「あ、あの時は本当にすまなかった! せっかく作ってくれたのにな……で、でももうあんな真似はしないぞ!」
「本当かなぁ」
 彼女はまだ疑いの目を向けている。官兵衛はなんとか信じてもらえるように、あれやこれやと頭を捻った。そして、一つの妙案を思い付いた。
「――そうだ! なら、お前さんが小生にチョコを食べさせてくれ! それなら落とすこともないだろう?」
「は?」
「なっ! それがいい!」
「……わかった」
 彼女は渋々チョコレートを取り出し、一欠片つまんで官兵衛の口に入れてやる。官兵衛はもごもごと口を動かした後、にかっと豪快な笑みを浮かべた。
「うん! 美味い!」
「……そう」
 彼女はわずかに微笑んで、官兵衛が慌てるほど大量のチョコレートを次々と放り込んでいった。



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