【大谷吉継】



「……いい加減に離しやれ」
「離して欲しかったらこれ受け取ってよ」
 彼女は一口大の包みを掌に乗せて、吉継の眼前に突き出した。もう片方の手で吉継の服の裾をぎゅっと掴んでいる。
「ほら、美味しそうなチョコレートでしょ」
「われは甘味は好かぬ」
「大丈夫、これ甘くないやつだから」
 もうずっとこんなやり取りを繰り返している。彼女がしっかりと押さえつけているせいで、吉継はいつものようにふわりと逃げ出すこともできなかった。
「義理のつもりか? われにそのような気遣いはいらぬ」
 しゃがれた声をさらに低くして、吉継は彼女を睨みつける。
「違うって。バレンタインはたまたま時期が被っちゃっただけで関係ない」
 彼女は怯むことなく続けた。
「チョコレートは体に良いって聞いたんだよ。昔は薬にしてたんだって。こんなもので病気が治るとは思わないけどさ、ちょっとは良くなるかもしれないじゃない」
 彼女の手に力が入る。目を見ても、本気で言っているらしいことがわかった。
「……ぬしは頭が弱いのか? われの病は不治の病よ。たかが菓子で治るわけなかろ」
「わかってるけど……試してみるくらいいいじゃん。もしかしたらもしかするかもしれないし」
 言いながら、彼女は器用に片手でチョコレートの包みを開ける。吉継が文句を言いかけたところで、開いた口めがけてチョコレートを放り込んだ。
「ね、美味しいでしょ? まだいっぱいあるよ」
 彼女は自分のポケットやバッグの中から同じようなチョコレートをいくつも取り出すと、吉継に無理矢理手渡した。
 吉継は呆気に取られてされるがまま。口内のチョコレートはもうすっかり溶けていて、吐き出すのも躊躇われた。
「――よし、これでいいや。じゃあ毎日ちゃんと食べてね。無くなったらまたあげるから」
「……いらぬわ」
 彼女は一瞬むっとしてから、足取り軽く駆けていった。と、何か思い出したのか急に立ち止まって吉継の方を振り返った。
「ねぇ! それ! 義理が嫌なら本命ってことにしといてあげる!」
 バイバイ、と大きく手を振って、彼女は今度こそまっすぐに駆けていった。
 吉継は不愉快そうに顔を歪ませた。



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