【石田三成】



「……もうすぐ2月だね」
 独り言のように彼女が呟いた。それきり口を開きはしないが、まだ何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「……何が言いたい」
 三成は訝しげに目を細めて問いかけた。よほど言いにくいことなのか、彼女はそわそわと落ち着きがない。
 よし、と自分を奮わせて、ようやく彼女が口を開いたのはそれからしばらく経ってのことだった。
「えっと、ほら、2月と言えば一大イベントがあるでしょ? 二人で過ごすのは初めてだし、どうしようかなーって思って」
 たったそれだけのことを言うのに、彼女はひどく緊張しているようだった。その様子をおかしいと思いつつも、三成は言われた言葉の意味しか理解できなかった。
「――ああ、そうだな。2月は秀吉様がこの世にご生誕された月だ。今年も盛大にお祝いしなければ。……だが、祝いの宴は貴様と二人でやるわけではないぞ」
「……え? ……ああ……そう、ね……」
 予想もしなかった返答に、彼女はがっくりと肩を落とした。重いため息を吐くも、三成は気にする素振りもない。
「はぁ……もういいや。あんた相手に回りくどい言い方した私が悪かった。単刀直入に言うよ。バレンタインのことなんだけど」
「バレンタイン?」
 三成はきょとんと首を傾げて聞き返した。彼女は自分の目を疑った。
「え……? バレンタインだよ? 知らないってことないでしょ?」
「聞いたことはある。が、詳しくは知らん」
「……嘘でしょ? 今までチョコ貰ったことは? 誰も教えてくれなかったの?」
「チョコ? ……そういえば、2月になると女に何かの包みを渡されることが多いが、あれがそうだったのか?」
 信じられないことに、どうやら三成は本当にバレンタインというものを知らないらしい。そのくせ、今までたくさんの女性からプレゼントを貰ってきたという。
 突然発覚した衝撃の事実に、彼女は眩暈を起こしそうになった。
「まさかこの世にバレンタインを知らない人がいるなんて思いもしなかった……」
「で、そのバレンタインとは何をするんだ?」
 三成は自分が知らない話をされるのが嫌なようだ。彼女はまだショックを引きずりながらも、簡単に説明してやった。
「……バレンタインっていうのはね、女性が好きな男性にチョコレートを贈って気持ちを伝えるイベントだよ」
 言ってすぐに後悔した。2月のチョコレートの意味を知ってしまったら、それを渡した女性の気持ちも、三成は知ることになってしまうのではないか――。
 それきり口をつぐんでしまった彼女に、三成は真顔のまま問いかけた。
「――ならば、今年からは貴様がチョコレートをくれるのか」
 俯いていた彼女が勢いよく顔を上げた。今度は耳を疑った。
「……え?」
「……? 違うのか?」
 三成の瞳には一点の曇りもない。彼女が理解できずに茫然としていると、三成は続けた。
「貴様は私が好きなのではないのか? だから交際しているのだろう?」
 ようやく意味を理解した彼女の顔は、見る見るうちに赤くなっていった。
「――っ! そ、そう……で、ございました……」
 恥ずかしさのあまりよくわからない敬語になってしまい、さらに顔が熱くなる。
 真っ赤になった彼女を見つめる三成の眼差しは、いつもよりも柔らかく見えた。



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