【徳川家康】



 他愛もない話をしながら、彼女は家康の横顔をじっと見つめていた。二人で並んで、手を繋いで、同じ方向に向かって歩く。家康はその視線に気付いていないようだ。
「――ねぇ、今年はどうしよっか?」
 話が途切れたところで、彼女が切り出した。ようやく家康がこちらを向いた。
「ん? 何をだ?」
「バレンタイン。もうすぐでしょ」
 ああもうそんな季節か、と家康は空いている方の手で頭を掻いた。
「チョコレートはくれないのか?」
「あげるけどー……なんかもうレパートリーないなぁって思ってさ」
 家康にはもう何度もバレンタインのチョコレートを贈っている。手作りのもの、高級なもの、ちょっと変わったもので悪戯を仕掛けたりもした。
「正直もうネタ切れなんだよなぁ……」
 うーんと唸って、彼女は頭を抱えた。
「別に毎年変えなくてもいいんだぞ? お前から貰えるものなら、なんだって嬉しいからな」
「それじゃつまんないじゃん。あんたが良くても私が嫌なの」
 きっ、と家康を睨み付けて、彼女はぶつぶつと独り言を言い始めた。眉間に皺を寄せて、難しい顔をしている。真剣に考えてくれていることは嬉しいけれど、家康には彼女をあまり悩ませたくないという気持ちもあった。
「――あ! そうだ! なぁ、今年はワシに任せてはくれないか?」
 家康が突然声音高く提案した。
「え? なんで?」
「ワシもお前が喜ぶことを考えたいんだ。ほら、ホワイトデーはしてもらったことへのお返しだろう? そうじゃなくて、ワシの方からお前に気持ちを伝えたいんだ」
 きらきらとした屈託のない笑顔。この笑顔に彼女はめっぽう弱かった。
「……でも、男の人からバレンタインをしてもらうなんてあるのかな」
「なくてもいいじゃないか! ワシらはワシらのやり方で楽しめばいい。……ダメか?」
 今度はしょんぼりと悲しそうに俯く。この手練手管が計算だったらと思うと本当に恐ろしい。
「うーん……そこまで言うなら……じゃあ、今年はお願いしようかな」
「ああ! きっと喜ばせて見せるさ! 期待して待っていてくれ!」
 繋いだ手に力がこもる。彼女はうん、と微笑んで体を擦り寄せた。
 


「お、今年は休日なんだな……せっかくだから旅行にでも行くか?」
「え、お泊り?」
「たまにはいいだろう?」
「……期待するよ?」
「……ああ、もちろん」

 妙に艶っぽい笑みを残す家康に、彼女は早くも胸を高鳴らせた。



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