【前田慶次】



「いいねぇ、どこもかしこも恋が咲いてるねぇ」
 辺りに漂う甘い香りに、慶次は幸せそうに微笑んだ。
「……しっかしなぁ……俺のところには恋の花はやってこないのかねぇ……」
 さっきまでの陽気はどこへやら、慶次はがっくりと肩を落とした。今年はまだ、例の物を一つも貰っていなかったのだ。
 深いため息を吐いた時、しょげた慶次の背中を小さな手が思いっきり叩いた。
「――っ! 痛ってぇ! なになに!? 一体何が――」
 驚いて振り向くと、小さな箱がぐりぐりと背中に押し付けられていた。
「……あげる」
 箱には、無愛想な彼女には似合わないくらい可愛らしいラッピングが施されている。中身が何なのか、当然聞くまでもなかった。
「……もしかしなくても、それチョコレート?」
「……ん」
「俺にくれるのかい?」
 うん、と彼女は伏し目がちに頷いた。慶次はぱぁっと顔を輝かせ、彼女に向き直って差し出された箱を大事に受け取った。
 すると、もう用は済んだと言わんばかりに、彼女は慶次の横をすたすたと通り過ぎようとする。
「あ、ねぇちょっと待って! ……これって義理かい? それとも、本命だったり……?」
「……あんたはどっちがいいの」
「そりゃあ、本命の方が嬉しいよ」
「……じゃあそれで」
「……えぇ!?」
 顔を隠し、逃げるように早歩きで歩を進める彼女。そんな彼女を、すっかり有頂天になった慶次が嬉しそうに追いかけていった。



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