第112χ 俺達の夏休みはこれからだ! X@




8月17日 - 8月30日
バイク免許取得講習

バイクの魅力とは何か。
自身の背中に翼が生えたような感覚を味わうことができる...なんて言葉をテレビの特番の中で、目をキラキラと輝かせながら熱く語っていた青年の顔をふと思い出した。

私にとってのバイクの魅力とは。
自分が納得できるような答えを導き出そうとグルグルと思考を巡らせても、その答えは一向に出てくる気配はない。
念のため言わせてもらうが、別にバイクを非難しようとしているわけではない。ただ、私がここにいる理由をどうしても定義しておきたいだけ。そうしなければ心、もとい私の感情がここにいる理由に納得ができないのだ。

私が今いる場所は、JET自動車学校。
海藤くん、窪谷須くん、そして楠雄くんと4人で来ている。そして初日から実習で私のテンションはただただ下がって行くばかり。

そもそもインドア派の私とってバイクは豚に真珠だ。しかしここまで来て駄々をこね続けるのはマナー違反というか...誘ってくれた海藤くんと窪谷須くんに失礼だ。私は覚悟を決めたように唇をキュッと結ぶと指定された実習場所まで歩き出した。

「さっさと集合しろ!!もう始まってんぞコラァ!!」

ダラダラとした歩き方が気に食わなかったのか、怒号を響かせている人は真鍋梅久先生。スキンヘッドにサングラスと、とても教官の風態ではない強面の人だが一応私達の教官だ。

「ビシビシいくから覚悟しとけよボケども!!B・K・B!!ヒィィアッ!!」

これが先生の口癖だ。BKBに何の意味があるわからない...多分ないのだろう。毎回そこには触れないようにしている。

話は教習に戻って、最初に私達に与えられた課題は倒れたバイクを起こすこと。
一見簡単に見えるだろうが、そうは問屋が卸さない。バイクは鉄の塊、一台200kg以上あるのだ。バイクを扱ったことがない人間にとっては起こすという動作一つとって一苦労なのだ。

「んんんーっ!!!」

最初は楽勝と言わんばかりの顔をしていたけど、いざ起こそうとなると、海藤くんの顔はすぐに真っ赤になり今にも血管が切れそうなほど力んでいるのがわかる。
私も挑戦してみたけれど、やはり持ち上がらない。

「バカ野郎、腕じゃねぇ。脚の力を使え。」

先生の言葉に習って、ハンドルとシートの下を持って向こう側に押しあげるように持ち上げれば時間は要するもようやく持ち上げるとこができた。

「ん...っ、ふぅ....や、った!起こせた...って、わっ!?」

注意一秒、怪我一生と言うのはこのことで、起こすことが出来たという達成感につい力を緩めてしまい、バイクが押していた側に倒れて行く。パニックで手を離せなくて私の身体もバイクに引きずられるように倒れて行く。やばい、このままじゃ..っ!

「っと...大丈夫か、平凡...!」

痛みに身構えるも一向に痛みは訪れる様子はない。
恐る恐る固く瞑った目を開ければ、そこには窪谷須くんがいて私のバイクを倒れないように支えていてくれた。

「あ、ありがとう窪谷須くん。」
「危なかったな...何事もなくて良かったぜ。こういうのは男に任せておけばいいんだよ。」

窪谷須くんの手がバイクから離れて私の頭をポンポンと叩いた。それが妙に擽ったくて私ははにかんだ。

「けど…これが出来なきゃ免許なんて取れないよ。」
「ははっ...違えねぇな。ま、無理すんじゃねーぞ。」

ふと視線を向けた先には、今まで見たことがない優しい笑みを浮かべた彼がいた。

窪谷須くんは正気を取り戻したかのように、ハッとした表情を浮かべると、そそくさと自身のバイクを引いて先に行ってしまった。

乱れた鼓動を、整えるようにゆっくり呼吸を繰り返して空を見上げる。
今日も雲ひとつない晴天。容赦なく照りつける日差しに腕で顔を隠す。

顔が熱いのはきっと日差しのせい。

「...今日も、暑いなぁ。」





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