授業開始10分前の鐘が廊下に響き渡る。
こんなところでぼんやりしてないで、先生が来る前に自席に戻って準備しなければ。
「...え?う、わ...っ!!」
教室に戻ろうと廊下を歩いていれば、突然腕を引かれて窓側に引き寄せられた。
なんとか片腕で窓枠を掴めたため、落ちることはなかったが...窓枠にぶつかった腕が痛い。
「ねぇ...さ、斉木くん...知らない?」
痛みに耐えているところに突然声をかけられ、ハッとして声がした方に顔を向ければそこには照橋さんが立っていた。
キョロキョロとどこか挙動不審で、人の目を気にしているようだ。その手には何か紙が握られている。
私は瞬時に理解した。あれは娯楽施設のチケットで照橋さんが楠雄くんを誘おうとしていることに。
確かに人気者の照橋さんが楠雄くんを誘ったとなれば、学校中の男子が黙っていないだろう。
「えっと...さっきまで廊下歩いてたけど、教室に戻ったのかな。」
「そ...そう、ありがとう。」
照橋さんは残念そうに眉尻を下げるととぼとぼと教室の方へ歩いて行ってしまった。余程ショックだったのだろうか。少し悪いことをしてしまった...ここにちゃんといるのに。
「...照橋さん、行っちゃったよ。」
やれやれとため息一つ吐き出して窓から離れると、ひょこっと顔を出したのは楠雄くん。私の腕を引っ張ったのは彼の仕業だ。
大方、照橋さんに見つかりたくなくて私を壁が替わりに使ったのだろう。まったく、仕方のない人だ。
「あ、斉木さーん。こんなところにいた!ねー!さっきの話お願いしますよー!」
まだ諦めていなかったのか鳥束くんがこちらに向かって駆け足で歩み寄ってくる。あの後ずっと楠雄くんを探していたのか。
「合宿行かないのかい?なら、僕と部活に...。」
鳥束くんの声に反応したのか、灰呂くんも戻ってきた。それに目良さん、海藤くんに窪谷須くんまで...そしてあれよあれよと言う間に楠雄くんの休みが約束で埋まって行く。彼の顔色が目に見えて険しく行くのがわかる。
これはこれでずっと見ていたいくらい面白いけど...これは嫌な予感がする、早くここから立ち去らなければ。
「...それじゃ、私は教室戻るね。」
咄嗟に踵を返して教室に戻ろうとすれば、楠雄くんにガシッと肩を組まれて動けなくなってしまった。しかもしきりに私を指さしてくる。
「おお、平凡さんも参加してくれるのか!丁度マネージャー足りなかったところなんだ。」
「人子ちゃんも参加してくれるの!女の子は多いに越したことない、大歓迎っスよ!」
「なんだ、平凡もバイク乗りてーのかよ。なら一緒に行こうぜ!」
「...え、ちょ...私そんなこと言ってな...!」
否定しようとした時にはすでに遅し。話がまとまったとみんな教室へ入っていってしまった。楠雄くんもご満悦な様子で、先程の険しいが嘘のようだ。
こうして私の夏休みの野望は容易くも砕かれてしまった。
私の夏休み、返してよーっ!!
To be continued...