第107χ 科学者と夢の檻 XA




所変わって、私達は今美術館にいる。
なぜこんなところにいるかと言うと単なる時間潰しだ。

学校があるからすぐにでも帰りたかったのだけれど、生憎飛行機のチケットが取れたのが午後の便だったため、学校を休んだ代わりの学習教材として美術館に行って来いとおじさんに言われ、今ここにいる。

色々飾られた絵を見てみるけれど、私は芸術の分野には疎い方なため、何がいい作品であるかは一切理解することができない。ただ、美術館特有の静けさは私好みだ。

「葛藤...そして焦燥か...」

ふとポツリと呟いた海藤くんの見つめる絵画に私も視線を向ける。絵画に描かれていたのは崖から見える素晴らしい夕日...つまりはただの風景画にしか見えない。

「この絵に込められた思いさ...生への葛藤と死への焦燥が表現として昇華させられている。オリジナリティの海と化した昨今の芸術にとってのアンチテーゼと言うべき作品だな...」

何を言っているのか私にはさっぱりなのだけれど、彼はこの絵からそれを確かに感じ取ったのだろう。

芸術というものは、心で感じる学問であると思う。だから、人によってはまったく得体の知れないものも、その絵画の作者の価値観や裏に秘められた歴史や情熱を知っている人から見たら、その絵画の価値はきっと計り知れないものなのだろう。

私達はぼんやりと絵画を眺めながら先に進んでゆく。中には学校の教科書で見たこともある絵画も存在していて、写真では見ることができない繊細なタッチや色使いなどを見受けられたりして、確かにその絵になぜ価値がつくのか少しは理解できた気がする。

移動中も、海藤くんの饒舌は止まることを知らない。アートは日常と非日常が表裏一体したものだとか、この世界は不確かなものであるとか...私にはパイプ椅子の上に乗った排泄物にそのようなものは感じ取ることはできない。ふむ...芸術とはナントオクブカイノダロー。

「んじゃコレは?」

燃堂くんが唐突にキャンパスに書かれた絵を差し出してきた。そこに書かれていたのは棒人間と顔の書いてある太陽、花...犬、だろうか?ただの落書きにしか見えない。
それにまた海藤くんはインスピレーションを感じると言い出すし、彼はどこまで感性が豊かなのだろうか。

「ほぉ〜!そうかい嬉しいぜェ〜。これはオレっちが3秒で描いたヤツなんだよ。」

うん、そうだと思ったけど。
その絵を3秒で描くことができるのはある種の才能であると思うよ、燃堂くん。

「Excellent!!」

どこからともなく出てきたおじさんは彼の絵を見るなり燃堂くんの絵を賛美し始めた。
何がいいのかよくわからないけれど、目の肥えた館長が言うのだからきっと価値はあるんだろう。
燃堂くんの絵は飾られた途端、人が集まり周囲の人から称賛の声が聞こえてくる。

「冗談じゃねェ!あれ位俺だって描けらァ!」

そんなに対抗心燃やさなくても...絵画は個人の感性という価値観次第だからね。
海藤くんが書き上げた絵を見てみれば...何だろうか。どこかの神様兼、薬剤師さんが描く絵を彷彿とさせる。これもまた芸術なのだろうか。

そこに現代アート界の巨匠も出てきて今度は海藤くんの絵を褒めちぎる始末。
繰り返し述べるが、何が本当にいいものなのかはその人次第だということらしい。

私にはまったく理解できない世界だけれど。

The END





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