ある日の記憶を思い出した。
それは私が幼く、まだ幼稚園に通っていた頃の話。
今の私の記憶の中に殆ど当時の記憶は残っていないけれど、たった一つだけとても印象深い記憶が残っている。
その記憶というのが、一人の少年との出会いだった。
彼の名前は覚えてはいない。
けれど、日本人離れしたサラサラな金髪をなびかせる少年は私にとって異国の王子様を連想してさせるには充分だった。
しかも彼は先生によく褒められていたというか...驚かせていた。幼い私でもわかった、彼が周囲とは異なってずば抜けた秀才だという事に。
今日も幼稚園の庭でみんなと遊んでいた。正確に言えば、遊ぶように強いられていた時間だ。
私はこの頃から人に紛れるように地味を目指して生きていた。だから、みんなと遊ぶ時間であっても、庭の端っこで楽しそうに笑い声あげるみんなをただただ見ていた。
正直...羨ましかった。けれど、それ以上に一人でぼんやりとしている時間の方が好きだった。
先生にもみんなと馴染めない事で心配されることはあって面倒だなと感じることが多かったけれど、それ以外は特段不満なんてなかった。一つのことを除いては。
「また一人。そういうの世の中ではコミュ障って言うんだし。」
「いいでしょ...これがわたしなの。」
私が一人でいる時にはいつもちょっかいかけてきた少年がいた。それがあの王子様だ。
私に声をかけてきては、よくわからない話を永遠と聞かされたり...私の穏やかな時間は容易くも彼によって奪われていった。
けれど、それを拒絶せずに聞いていたのはどこかその時間が自分にとって大切なものだと感じ始めていたからだと思う。
「やーい、またいっしょにいるのかよ。」
「つきあってんじゃねーの、チューしろよチュー。」
幼稚園の中には必ずいるませた男の子達が、私達を見てヒューヒューと煽り立ててきた。
私は別に彼にそんな感情も抱いていなかったし、私自身の事については気にはならなかったけど...彼が馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
「べつにそんなんじゃ...かれのことわるくいわ...」
「ただ暇つぶしに決まってるし。僕がこんな地味な子相手にするわけないし。」
私の中で何かが崩れた音がした。
気付いた時には彼の頬を思いっきり叩いていて、私の頬に涙が流れていた。その時の周囲の子と彼の驚きの表情は今でも忘れられない。
事件が起きてから、私と彼は目も合わさなくなってしまった。私も冷静になってから、彼にそのことを謝りたくて何度も声をかけようと思ったけれど、その時にはもう彼がこの幼稚園からいなくなることが決まっていた。
私はどうしても彼に謝りたくて、幼い頭をフル回転させて彼の家を必死に探しまわった。
見つけた日には丁度引っ越しの準備が完了する頃で、彼らの家族達が家から車へ乗り込むところだった。
「あの...あの、ご、ごめんね!!」
私なりに声を張ってみたつもりだけれど、彼に届いただろうか。
怖くて背けていた顔を恐る恐るあげてみると、そこにはずっと謝りたかった彼がいた。
「全部わかってたし。僕はそんなことで傷付かないし...気にしてもいないし。」
「...でも、痛かったよね。ごめんね。」
片手で溢れる涙を拭いながら叩いた彼の頬を撫でれば、するりと擦りついてくる。
「僕に手を挙げるなんて...こんなことをするなんて君くらいだよ。 でも、これは僕に力が足りなかったせいでもあるし。」
彼の真っ直ぐな瞳から私を捉えた。
私はコクコクと頷きながら、次に発せられる言葉をじっと待った。
「今度はちゃんと護れるように、君に見合うようになったら...会いに行くから。」
わたしも彼も、ずっと同じ気持ちだった。
この時初めて人というものを感じられたような気がした。
ふと彼が突然、右手を私の方へ差し出してきた。
彼の意図は読めないけれど、どうやら私に何かを渡したいらしい。
恐る恐る器を作るように手を差し出せば、その手に落ちてきたのはクロスの形を象ったペンダント。
「...私にくれるの?」
「これがあればどこにいても見つけられるから、無くすなし。」
その時にもらったペンダントはお守りとしていつも肌身離さず身につけている。
時を経て今、その彼が楠雄くんのお兄さんだったなんて...口が裂けても楠雄くんには言うことができないだろう。