「また負けたぁ〜。やっぱり僕に勝てるのはお前だけだよ、楠雄。」
恍惚な雰囲気に浸っているところ悪いが、僕にはそんなことどうでもいい。
さっさと返してもらおうか...彼女を。
無事、鬼ごっこは僕達勝利を納めて幕を閉じた。
出発地点のホテルに戻れば、ロビーでアイツが僕らを出迎えた。
「鬼ごっこは楽しめたかい?さ、ご褒美にアフタヌーンティー用意してるから先に二人は会場に行っていてくれるかい?そこにはママとパパもいるからさ。」
「ほ、本当ですか!」
「うっしゃー!早くいこーぜっ!」
アイツの言葉に目を輝かせる海藤と燃堂。現金な奴等というか、欲に素直と言うべきか...人払い出来たのはこっちにとっても好都合だ。
「楠雄、そんな今にも殺しそうな目で僕を見ないでくれよ。人子ならあの部屋にいるから行ってあげると良い。」
手渡されたのはホテルのキー。最初に瞬間移動してきたところだ。僕はその鍵を握りしめて平凡さんが待つ部屋へ急いだ。
受け取った鍵で扉を開け、警戒するようにゆっくりと中に入ればベッドでスヤスヤと寝息を立てている平凡さんの姿があった。
彼女は与えられたドレスのままで横たわっている。窓から差し込む月明かりが彼女の白い肌を照らし、その姿はまるで昔どこかで読んだ童話の姫君のよう。
そんなことを頭の隅で思いながら彼女を起こさないよう音を立てずに歩み寄って、僕はベッドの端に腰をかけた。
アイツに眠らされたのか...そう言えば、ここに来る間際に平凡さんにかかった催眠はまだ解けていないと言っていた。
お姫様の魔法を解くのはいつだって王子様からの口付けさ。
どうして最後まで僕に嫌がらせをしてくるのだろうか。だから僕はアイツが昔から嫌いなんだ。
...しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
また目覚めて空助様、なんて口にされた日には気分が悪くて仕方がないからな。...理由は僕にも皆目見当が付かないが、不愉快なものは面倒であろうと早めに取り除いておかなければ。
平凡さんの顔の横に手をついて体重をかければベッドのスプリングがギシギシと音を立てる。
それでも目覚めないのは催眠のせいなのか...それはそれで都合いい。
こんなことは、平凡さんは知らなくていいことだから。
少しずつ二人の距離が近づいて行く。
楠雄くん...。
頭の中で僕の名を呼ぶ平凡さんの声が聞こえて来る。
その声と笑顔が、とても懐かしいような...僕はこれをずっと求めていたのかもしれない。
どうか、目覚めた時にはじめに発する言葉が
僕の名でありますように...。
To be continued...