最近、女子の色めき具合が凄まじく感じる。
それもそのはず。もうすぐクリスマスがやってくるからだろう。その時に一人は嫌だと、女子達の焦りの声や、相手がいる女子からは惚気が聞こえてくるこの季節。今もトイレから帰ってくる廊下で女子数人達の色めいた声が聞こえてくる。
「デートにでも誘ってみなよー。」
「先輩モテるしー。私も実は気になってるし...。」
私にはまったく関係がないので興味すら湧かない。確かに好きな人はいるけれど、季節だからと無理に進展させようとすれば逆にうまくいかない場合が多い。私は焦らずゆっくり近付くことを選ぶ。
そんな片想いの相手である楠雄くんは、珍しく廊下に出て窓からぼんやりと外を眺めている。...うん、相変わらず横顔も整っていて何よりミステリアスな瞳が何とも...って、こんなじっと見ていたら怪しまれてしまう!早く戻って本でも読もう。
「鳥束先輩!!こ...今度映画観に行きませんか...!?」
「...映画ね...いいよ、行こうか...」
私は耳と目を疑った。
先程までりなてぃとマイマイとキャッキャッと話していた女の子が、鳥束くんをデートに誘っているではないか。外を見ていた楠雄くんも目をこれでもかと見開いて彼を見つめている。
そんな鳥束くんは他の女の子達を侍らせて実に楽しそうにしているではないか。まさか、あの残念な彼にモテ期が来るなんて...人はいつどうなるかわからないと言うけれども。
「あっ!斉木さんに仁子ちゃんチーっス!」
しまった、鳥束くんに見つかってしまった。彼はニヤニヤと非常に楽しげな表情を浮かべてこちらに歩いてくる。
「...鳥束くん、どうしたの?モテ期が来たとか?」
「んーまぁそんなとこっスかね。詳しいことは場所を移動して話すっスよ。」
私と楠雄くんは顔を見合わせると鳥束くんに続いて、中庭へ移動した。
「参っちゃいますよホントー。モテるっつーのも意外と困りものっスね!」
まったく困ってないように見えるのだけれど、むしろとても幸せそうで何よりだ。
...私が彼に嫉妬しているだとか思った人もいるだろうけど、まったくそんなことはない。むしろ、新しい恋に進んでくれるなら結構なことだと思うくらいだ。私は今も変わらず楠雄くんしか見ていないのだから。
強いて言うなら、鳥束くんに出し抜かれたことに関してだけは、少しだけ引っかかりを感じるくらいだ。
「でも、何でまた急に女の子にモテるようになったの?それは少し気になるかも。」
「気になるっスか?それを語るには長くなるんスけどね...」
鳥束くんはいつもと変わらないような話し方なのに、妙に鼻に付く感じがするのはなぜだろうか。楠雄くんも同じ気持ちのようで睨み殺さんばかりの眼差しを送っている。今の鳥束くんには何の効果もないようだけれど。
彼の経緯を簡潔に話すと、先日の文化祭に遡る。
鳥束くんは文化祭でライブをやることになっていたのだが、それは聞くに耐えない騒音でしかなかったはず。それがなぜか見事に成功してしまったらしい。
どうやら、彼らのライブを成功に導いた人物がいたようだ。その人物こそ、60年代に世界的人気を博し、40歳の若さで非業の死を遂げた伝説のミュージシャン。彼の名こそ、ジョン・小松である!
鳥束くんは目の前に現れたジョン・小松を身体に憑依させることによって、見事観客を魅了して一瞬にして観客の魂を鷲掴みにしたそうだ。
「あれから修行を重ねて完全にマスターしました。もう完璧っス!」
本当にそうだろうか。確かに口寄せは便利な能力だろうけれど、必ずデメリットも存在するはず。
鳥束くんは放課後に彼女達と映画館に行くようだけれど...デメリットの件もあって少し気になる。
楠雄くんは興味がないようでスタスタと教室に戻ってしまった。ならば仕方ない、私一人でも彼の様子を窺うべくデートに混じることにした。