第64χ 人混みでのスリにはご注意を!A




ただでさえ祭りを楽しむ人で道は溢れかえっている。そんなところを楠雄くんはどんどん進んで行ってしまうものだから、一瞬目をそらしただけで楠雄くんとはぐれてしまった。キョロキョロとあたりを見回しても彼は見当たらない。

「うぐえ!!」

近くで人の悲鳴が聞こえたと思ったら男性がバイクの下敷きになっているではないか。一体何が起こったのだろう。
バイクに潰された男性の前には無数の財布が転がっている。...もしかしてあの人がスリの犯人?
バイクの下から這い出ると慌てて財布を抱えて逃げる犯人を、私は咄嗟に追いかけた。

人混みのなくなった広場で、ようやく男を追い詰めることに成功した。逃げ場を失った犯人と対峙する。

「盗んだ財布...返してくれませんか?」
「く...来るんじゃねぇ!!ぶっ殺すぞ!!」

犯人はナイフを取り出すと威嚇するようにやたらめったら振るっている。安易に近付いたら危険だ。私は間合いを取ってじっと犯人の様子を窺う。
見つめていれば、ナイフを振り回す男の視線は私ではなく、どこか遠くを見つめていることに気付いた。その違和感に犯人の視線を追って振り返れば、そこには般若がいた。正確には般若のお面をつけた誰かだ。

「も...もしかして楠雄くん?」

恐る恐る声をかければ頷いて応えてくれた。どうやらそうらしい。彼の登場に安堵したのもつかの間、隙をとられて犯人に腕を引っ張られてしまい、そのまま捕まってしまった。喉元にナイフが突き付けられてしまえば身動き1つできない。

「...に、逃げ...て!」

固定するように首に回された腕が首を圧迫してうまく声が出せない。楠雄くんだけはどうか無事でいてほしい一心で声を絞り出す。しかし、そんな私の願いを無視するかのように、彼はゆっくりこちらに歩み寄って来る。

犯人も私を連れたまま、同じ距離を保つように後退して行く。ナイフに動じない楠雄くんが怖いのか、それとも罪を重ねる恐怖なのか...ナイフを握る腕が小刻みに震えている。おかげで先端が皮膚に刺さって、切れた皮膚が痛いのだけれど。

「痛ッ!!?」

突如、犯人から悲痛の声が聞こえたと同時にナイフが地面に落ちる音がする。今だと言わんばかりに犯人の腕を振り払うと、楠雄くんの背後に避難することに成功した。

「あっ...ああ...うぎゃああー!!」

犯人は突然何かに怯えるように悲鳴をあげたかと思えば、その場にへたり込んで失神してしまった。精神的に不安定だったのか。罪に耐えられないのならばやらなければいいとはいかないのか...犯罪心理というものはとても難しい。

念のため逃げないように失神したままの犯人を近くにあったロープで縛り上げてやった。警察も呼んであるし、これで一安心だろう。
私は持ち去った財布をかき集めるとそのカバンを担いだ。

「持ち主に返さなきゃね。すぐ見つかるかな?」

財布は命の次に大切なものだ。1秒でも早く返してあげなくては。楠雄くんもその思いに賛同してくれたようで二人手分けして財布を本人の元へ返してゆく。

「さっきは助けてくれてありがとう...楠雄くんがいてくれて良かった。」

財布を返しながら、先程買ったりんご飴を差し出せば二人でりんご飴並んで食べる。
シャクっとりんごを齧ると甘酸っぱさが口に広がってゆく。これが私の恋の味なのかな、なんて。




*まえ つぎ#
もどる
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -