手続きを済ませ、ようやく私達の乗る旅客機は沖縄に向かって離陸することができた。
機内もワイワイと楽しげに話す生徒たちの声で騒がしいくらいだ。私は窓側の席を勝ち取ってぼんやりと外を眺めている。
飛行機が雲の上を飛ぶ風景はなんとも幻想的で、それしかないのにずっと眺めても飽きがくることはない。絵画をずっと眺めていても飽きないと言う人の気持ちが何となくわかったような気がした。
隣ではすっかり仲良しの知予ちゃんと照橋さんがお菓子を頬張りながら楽しげに話している。私は時々相槌を打つだけで会話に参加するつもりはない。私は聞き役専門だし、楽しげなその光景を眺めている方が好きなのだ。
「おぼろろろろろろろろっ」
少し遠くから共に苦しげにえづく声がきこえてくる。これだけの人数がいれば飛行機に弱い人もいるだろう。声のした方に顔を向けてみると海藤くんが真っ青な顔をしてエチケット袋を抱えていた。
「海藤くん大丈夫...?」
「おっ....ふぅ....う...うん...」
照橋さんが声をかけても以前苦しげに返す姿に、こっちも何だか胸の辺りがもやもやとしてきてしまう。なんとかしてあげられたらいいけど、私は飛行機酔いとかしないし...。
ハッと何かを思い出したように自身の手持ち鞄をガサゴソと漁れば、その中に偶然にも酔い止めの薬が入っていた。薬の名前はオートストップ。ストレートなネーミングだけれど中々にチャーミングで素敵だと思う。私は車や飛行機に酔うことはないのだけれど、万が一とお母さんが持たせてくれたものだ。
私は一度ベルトを外して立ち上がれば、海藤くんにそっとその薬を差し出す。
「良ければこれ飲んでみて...私、飛行機酔いしないけど持ってたから。」
「え...あ、それ俺がいつも飲んでるやつ...」
箱から1回分を取り出して、海藤くんの震える手の上に乗せてあげれば口に放り込んでゴクリと水を飲み下す。
「ハァー気分がよくなったぁー。ありがとな、平凡!」
「う、うん...それは良かったよ。」
飲んだばかりですぐ効くのか、この薬は。多分彼の場合は、薬が効く前にプラシーボ効果が効いているのかもしれない。とりあえず多めに彼に薬を渡すと、再度自席に戻ってぼんやりと窓を眺めることに集中する。
相変わらず眺めていると雲の海で泳いでいるかのような気分になる。ゆっくり雲の海に沈んで...って、まだ高度を下げるには早くないだろうか?
「ね、ねぇ...知予ちゃん今ここどの変だかわかる?」
「確かさっき高橋くんが腹痛起こした時、客室乗務員さんが福岡空港に着陸できるって言ってたけど?」
私が空に見惚れている間にそんなことがあったのか。いや、今はそれどころじゃない。もしかしたらこの飛行機は墜ら...っ。その刹那飛行機がガクンッと揺れ、あたりが不安げにざわつき始める。
今どこにいるのか窓から確認しようとすれば、何事もなく水平に雲の上を飛んでいる。あれ...墜落していると思ったのは気のせいだったのか。確かに不穏な揺れは感じたのに。知予ちゃん達と何があったのだろうと話しているうちに、飛行機は無事に沖縄に到着することができた。
旅客機から降りるために順番待ちをしていれば、目の前には海藤くんの肩を借りて降りる楠雄くんの姿があった。彼も飛行機に弱かったのだろうか。顔色もなんとなく冴えない。飛行機酔いなら薬をあげたのにな。
何はともあれ、これから私の修学旅行が始まる。
二泊三日何もなければいいのだけれど。