「わかりました、鬼退治について来て下さるというなら差し上げましょう。...けれど馬に饅頭はよくない。代わりにこれをさぁお食べ!」
私は舞台に添えられた粗雑なダンボールの雑草を持ち上げればペガサスの頬にグイグイと押し付けてやった。
「どう?ペガサスさんおいしい?ん?」
「お、おいしいです!もうお腹一杯です!!」
...ペガサスは大喜び!約束通り桃太郎の下僕になりました。そして桃太郎はペガサスとともに鬼ヶ島に向かいました...
いよいよクライマックス。どんな鬼が登場するのか。本格的にトラ柄のパンツ履いて金棒を持っていたら最高なんだけど...まぁ最悪釘バッドでも許そう。
...そしてついに鬼ヶ島に到着。ペガサスが鬼の門をノックすると、中から鬼が出てきました...
その姿は悪い意味で私の思考を大きく凌駕していた。顔と棍棒はダンボールで作られており、服装はビニール袋に手や顔が出せるように穴を開けられ、それぞれには鬼らしい模様が描かれている。
これが鬼なのか。節分で見る鬼よりクオリティが低い。ふつふつとした怒りに私の拳に自然と力が入って行く。
「桃太郎だ、覚悟しろォー!!」
...桃太郎は勇敢にも鬼に向かっていきます...
あまりの怒りに思わず顔面に右ストレートをかましてしまった。寸止めで辞めるつもりだったのに。新入生もその迫力に再びざわつき始めている。ここでなんとか立て直さなければならないが...。
ふと見てみると右ストレートの衝撃で鬼の仮面(ダンボール製)はちぎり取られて、鬼の姿が露わになってしまった。そこにいたのはなんと、おばあさんだった。
「...どういうことだこれ...?」
「そういうストーリーなのか?」
ヒソヒソと周囲から困惑の声が聞こえてくる。こんな展開想定していなかった。しかし、このままハイ、終了なんてできない。そうしたらもうこれしかない!
「そんな...嘘でしょ...!?鬼の正体がおばあちゃんだったなんて!?どうしてよ、おばあちゃんが鬼なの!?答えてよ!!」
目線で2人に続行の合図を送る。こんなところで終われるわけがない。演劇部部員がそれにアドリブも出来なくてどうします?それに察してくれたのか、窪谷須くんが口を開いた。
「り...理由は...そのペガサスかよく知ってるよ!!」
「そう...この僕が全て知っている...!」
鳥束くんもかなり溜め気味だけれどなんとか話を合わそうとしている。が、その表情は思わしくはない。きっとこの先を今現在進行形で必死に考えているだろう。今は君だけが頼りだ、ここは踏ん張って欲しい。
しばらく言葉を濁していると何か思いついたのかゆっくり私の元へ歩み寄ってくる。
「そ...その真実は、これだァァァー!!」
「きゃあ!!」
彼はおもむろにはだけていた私の服を剥ぐと、上半身が露わになってしまった。私は慌てて腕で胸を隠すとその場にしゃがみこむ。咄嗟のこととは言え、正気の沙汰とは思えない!
「おばあさんはとっくに気付いていたっス。アンタが女であること。だが、それだけじゃない...おばあさんは気付いていた、おじいさんとの禁断の関係もなー!!」
その名が出ると舞台袖に隠れていたおじいさんが押し出されて、彼はその場に立ち尽くしている。見たこともない驚きの表情を浮かべて私を見下ろしていた。
まさかこんな展開になるなんて...私が驚いている場合じゃない。なんとか終わりまで持っていかないと。私は衣装を着直すとスッと立ち上がった。
「そ、そうよ...!それに私のお腹に赤ちゃんが居るの...」
あんなにもざわついていた観客がシンと静まり返る。想像もしなかった展開に困惑しているのか、はたまた場の空気感がそうさせたのか。私は言葉を続ける。
「ペガサス...アナタの言ったこと通り、私は女...おじいちゃんに恋も抱いていたわ。そして子供を身篭ってしまった。けれど、そのことは絶対に悟られてはいけない。私は鬼退治という名目で2人の元を去ろうとしたの。」
私の頬から自然と涙が流れ出てくる。これは私の涙ではない。桃太郎が2人を騙し続けてきたことへの罪悪感から来る涙だ。私の中にいる桃太郎という幼気な女の子が私に訴えかけてくるのを感じる。
「実の親の様に育ててくれたアナタ達を裏切った私は何をされても文句はない...けど、お腹の子にはなんの罪もないわ!!」
ここにはもうおふざけをする人間なんて1人もいない。3人も真面目な面持ちでいる。そこにペガサスがそっと私に問いかけてくる。
「名前は...名前は決まってるんスか?」
「女の子の場合はまだ決まっていませんが、男の子が生まれた時はこう名付けようと思っています...」
私の気持ちはただ一つ。お腹の子がどうか健やかに育ちます様にと。願いを込めて。
「お2人のから授かった私の名...桃太郎と。」
観客の全員がいつの間にか涙を流していた。劇が終わった後もしばらく拍手が止むことはなかった。
この後演劇部がどうなったかは、皆様のご想像にお任せしよう。どう感じたかは、人それぞれなのだから。
The END