いよいよ幕を開ける、私達の桃太郎
部活動説明会、当日。
舞台の端からチラリと観客側を覗けば目をキラキラと輝かせた新入生達がそこにいた。
マンモス中学であるおかげで体育館はほぼ満席状態。新入生達のリアクションも割とよく、私の中で自然とやる気がみなぎってくる。
「いよいよだね...次が私達の番だよ。みんな、準備はいい?」
私達の前に出ていた将棋部の説明会が終わり、次は私達の番。司会者によって演劇部の説明が行われていく。
演劇部は4人しかいない?大丈夫か?
随分舐められたものだ。たった4人ではなく、4人もいるのだ。それだけいれば立派な劇ができるってことを見せつけてやろうじゃないか。
『それでは準備が整ったようなのでいよいよ開演です!!演劇部の皆さん張り切ってどうぞ!!』
最初に登場する2人の背中を押し出してやると、司会に押し付けたナレーションでこの物語はスタートした。
...むかーしむかーしあるところに子供のいない老夫婦が住んでいました...
聞き慣れた冒頭のナレーションに新入生達がざわつき始める。やはり、彼らの中に桃太郎は古臭いというイメージがある様だ。ところがどっこい、そうならないのがうちの演劇部だ。
...ある時の事、おじいさんはいつもの様に山へスノボーへ、おばあさんは川へカヤックしに行きました...
ランドセル上がりのガk...新入生が喜びそうなキーワードを散りばめたのが功を奏して中々いいリアクションをしてくれる。しかし、これはまだ序の口。私達の桃太郎はここからが本領発揮するのだ。
...おばあさんがカヤックしていると、前方からどんぶらこどんぶらこと沈したカヤックが流れてきました...
...おばあさんは沈したカヤックから男を助け出すと家に連れて帰りました...
「おじいさん、おばあさん。助けていただきありがとうございます。」
ここでようやく桃太郎である私の登場。衣装も部費を奮発して本格的なものを作ったから、中々雰囲気も出ているはず。周りの反応も序盤から奇想天外だった分、どこかホッとしている様だ。
...身寄りのない男を桃太郎と名付け、老夫婦は男を養子にすることにしました...
...そして桃太郎と老夫婦は暮らし始めました...
...そして色々あって月日は流れ、桃太郎は鬼退治に向かうことにしました...
「おじいさん、おばあさん。私はこれから鬼退治に行って参ります。」
突如一年くらい月日が飛んだが細かいこと気にしていては、待ち時間である10分という範囲内で終えることができなくなってしまう。テンポが重要なのだ。ということで、ここはとにかくなんやかんやあったのだ。察して欲しい。
...こうして桃太郎の旅が始まりました。この先桃太郎にはどんな冒険が待っているのでしょうか...
...おばあさんからもらったきびだんごを食べながら鬼の元へ一歩一歩歩き出します...
「このだんごうまっ!!何これ!!」
コンビニで買っておいた饅頭を食べながら先に進む。昨日からこの舞台で頭がいっぱいいっぱいになっていたせいで、饅頭から与えられる甘さがいつも以上に美味しく感じられる。まさに脳が欲していた糖分なのだ。
...桃太郎が山の奥へ進んでいくと、1匹の動物に出会いました...
いよいよ、お供の登場だ。私の楽しみの一つである。鳥束くんは一体何を選んだのだろうか。
...ペガサスです...
どうしてこうなった。
確かに神話上の動物ならば猿、ギジ、犬に匹敵する動物であることは百歩譲って認められる。が、日本にはペガサスは存在しないのだ。
新入生の反応も私と同じで、その衝撃が隠しきれないのか口大きくあけて唖然とした表情を浮かべている。
...ペガサスは桃太郎にどこに行くのかと尋ねました。桃太郎は鬼退治に行くと答えるとペガサスはこう返しました...
「もしも貴方がそのきびだんごと言う名の禁断の果実を僕に差し出すと言うのであれば...この白きペガサス、貴方の剣となり盾となり、下僕に落ちようが後悔しない...っス。」
うっわ...やらかした。
ナルシスト全開で台詞もどこかの厨二病かと思ってしまうくらいわけがわからない。あれが彼が格好いいと思う世界なのか...少し彼との距離を考えなくてはならないだろう。
今はそれどころではなく演劇中だ。私情は後回しにして話を続けなくては。私は小さく息を吸い直すとニコリと笑顔を作って見せた。