「まぁ、仁子ちゃん。わざわざありがとうね!」
「いえいえ...楠雄くんへのお礼ですから。良ければ皆さんで食べてください。」
私は今、楠雄くん宅で楠雄くんのお母さんと談笑中。
なぜこのようになったと言えば、先日マラソン大会で楠雄くんに大変お世話になってしまったお礼をするために彼の大好物であるコーヒーゼリーの詰め合わせを渡しに来たのだ。
楠雄くんの素早い対処のおかげで風邪引くこともなかったし、脚も順調に回復している。今はまだ脚は引きずるけれど一人で歩けるまでになった。
「こんな時にくぅちゃん居なくてごめんなさいね。今はお隣の遊太くんのお家に遊びに行ってるのよ。」
「お構いなく。それにしても珍しいですね。」
人との接触を避けたがる楠雄くんが珍しく遊太くんと遊ぶなんて。もしかしたら子供が好きなのかななんて想像してみたけど、無表情なイメージがどうしても強いせいか、そのギャップに思わずふっと笑みが溢れてくる。
「...それじゃ、私はこれで。楠雄くんによろしくお伝えください。」
「あらやだ、もう帰っちゃうの?もう少しゆっくりして行けばいいのにー。」
そういうわけもいかない。もう用事は済んでしまったし、これ以上ここにいる理由がなくなってしまった。楠雄くんのお母さんはまだ居ていいと言ってくれているけれど、それは社交辞令と捉えるべきだと私は思っている。
ギプスで固定されてしまってうまく動かない脚を引きずりながら、玄関に向かえば突然に扉が開かれた。私はそこいる人物達に思わず固まってしまった。
扉の向こう側にいたのは、楠雄くんとその腕に抱かれた遊太くん。それに照橋さん。
楠雄くんと遊太くんはわかるとして...なんで照橋さんが?
「あらー!心美ちゃんいらっしゃいー!」
「ご無沙汰しております!」
玄関の音に楠雄くんのお母さんがやってきて、照橋さんはぺこりと挨拶をしている。なんというか私が場違いな気がしてどうも落ち着かない。
二人の並ぶ姿に夫婦みたいだとか、飛び交う会話に居ても立っても居られなくて、私は邪魔にならないように靴を履く。
「私はもう帰るけど、照橋さんはゆっくりしていってね。」
「えーお姉ちゃんもう帰っちゃうの!?一緒に遊ぼうよ!」
「そうよ、くぅちゃんも帰って来たことだし仕切り直ししましょう!」
楠雄くんにしがみついていた遊太くんがいつの間にか私の脚にしがみついてくる。楠雄くんのお母さんにも手を掴まれて引きとめられてしまったし、何よりなんでかわからないけど楠雄くんの視線が痛い!...ここは不本意ではあるけれど空気を読んで、再度お邪魔することにした。
「照橋さんがこんなところにいるなんて珍しいね。」
「もしかしてくぅちゃんとデートかしら?」
「ち...違います!お正月にお料理を教えてくださると言っていらしたので...それで!!」
...いつの間にかそんな約束していたなんて。
そういえば、その時私は何をしていたんだっけ...私はそこにいなかったのだろうか。
何かとても大事なことを忘れているような...喉に引っかかるような心地悪さに顔をしかめていると、楠雄くんの視線が私に突き刺さる。
「えっと...私何か、したかな?」
穴が開きそうなほどの視線に戸惑いながらも小さく首を傾げると楠雄くんは首を横に振るだけでスタスタとリビングに行ってしまった。...変な楠雄くん。