第86χ マラソン大会にトラブルはつきもの@




それは大抵冬に行われる。
最も不人気で、ベンチウォーマーを着てる教師に殺意を覚える学校行事。

そう、マラソン大会である。

僕は学校行事の中でこれが一番楽だと思っている。走るだけでいいならこれ以上楽な行事はないからだ。
周りの生徒達は寒さに足踏みしたり、見を縮こまらせていたりするが、僕にはまったく関係ないことだ。この程度の寒さならパイロキネシスでなんとかなるからだ。

しかし、今日は毎年行われているマラソン大会とは一味違う。まぁ、さしたる差ではないのだが今年は女子との合同のマラソン大会なのだ。
校庭の端の方へ視線を向ければ、照橋さん達のすこしはしゃぎ気味の声も聞こえてくる。そのおかげで...というか、大体は照橋さんの功績なのだが、周りの男子もどこかやる気に満ちている気がする。

男子は女子のおかげで色めき立ち、灰呂は燃堂に闘争心剥き出して、なんとも賑やかだ。
そんな盛り上がる行事でもないだろうに、僕には彼らの心理は理解できないだろう。いや、するつもりもないがな。

今回のマラソン大会は女子が先にスタートする。そして15分後に男子がスタート。この差になんの意味があるのかわからないが、そうなっているなら仕方ない。準備運動でもしながらその時を待つとしよう。

じっくり脚をほぐしているといよいよ僕ら男子の時間だ。全員が校門の前に位置につき今かとスタートの合図を待ちわびる。

「よォし!行くぞォ!よォーい...スタートォ!」

松崎先生のピストルの合図と共に全員が押し出されるように走り出す。僕はというと最後尾だ。
別に慌てる必要はない。10kmもあれば定位置につくのも難しいことではない。
僕の目標地点、それは丁度中間である45位。良くも悪くもない、目立たない丁度いい位置。それで十分だ。

しばらく走り続けて、あっという間に目標地点に辿り着いた。初回から海藤が何やら言葉をかけてきたようだが、大したことじゃないことはわかる。ゴールで待つとしよう。

順調に順位をキープしながら2km間隔に設置してあるチェックポイントを通過して行く。時々汗をかくことも忘れないようにしないとな。流石に10km走って何も感じないのは人間じゃない。そういう細かいところが重要だ。

順調に6km地点を過ぎてあと残り4km。なんだ、もう半分過ぎたのか。そろそろペースを落として行くべきか。
先頭集団である灰呂と燃堂の無理なペースに飲まれて潰れて行く男子達がちらほらと見受けられるようになってきた。吐瀉物を撒き散らす様はまさにゾンビだ。ちらほらと女子も見受けられる。

この調子だとそろそろ照橋さん達に追いついてしまうだろうか。それだけは絶対に避けたいところだが...そうもいかないようだ。

「仁子っ!しっかりしてよ!」

ん、これは夢原さんの声。どうやら平凡さんに何かあったみたいだ。今にも泣き出しそうな声がテレパシーを通じて伝わってくる。やれやれ、面倒事には巻き込まれたくないんだが。
僕の脚はその気持ちとは裏腹にスピードを上げていた。

「ごめんね...仁子、私のせいでこんなことになって...。」
「大丈夫だよ、知予ちゃん。それより知予ちゃんが無事でよかった。」

辿り着いた先には座り込んだ平凡さんと、しゃがみこんだ夢原さんがいた。どうやら何かあったらしい。

「あ、斉木くんっ!仁子を助けて!」

僕の姿を見つけるなり駆け寄ってきたのは夢原さん。ふむ、なるほどな...そういうことか。
テレパシーで読み取った出来事のあらましはこうだ。
夢原さんは朝から身体の調子が良くなかったようだ。それでも単位は落とせないと無理を承知でマラソン大会に出場したはいいが、走っていた途中でふらついて、平凡さんの方へ倒れ込んでしまった。そして受け止めようとした平凡さんがバランスを崩して脚をひねってしまったと。

幸い足の怪我以外に2人の身体に別状はないようだ。
まぁ、ここにいれば次のチェックポイントにいる松崎先生が見つけて拾ってくれるだろう。出発前は後ろから励ましてやると言っていたが、面倒見のいい先生だ。怪我した生徒を放っておくはずがない。よって、僕が彼女達に手助けできることは何もない。

「本当に大丈夫だか、ね?後から先生達もここを通るだろうし。知予ちゃんと楠雄くんは先に行って?私も少し楽になったらまた走るから。」

そんな言われ方をされたら行くに行けないじゃないか。それにこの寒空でジャージを着ているとはいえ、立ち止まっていたら体温もどんどん奪われて行くだろう。ここまで走ってきたのなら汗もそれなりにかいているはず。それに唇の色も少しずつあせていっているじゃないか。

...やれやれ、人間はどうも脆くて困る。
僕は平凡さんの前に背を向けてしゃがみこんだ。2人ともキョトンとしている。これも中々恥ずかしいんだ。早くしてくれ。
戸惑いながらも夢原さんの支えを受けて、ようやく平凡さんが背中に乗ってくれた。背中越しに彼女の体温が伝わってくる。
あとは学校まで走るだけ。なるべく怪我に負担をかけないように。

「く、楠雄くん...重いよね!?疲れたらいつでも降ろしてくれていいから。」

平凡さんの声色がなんとも申し訳なさげだ。彼女の性格からしたらその反応も理解できる。
それに安心しろ、僕は怪我人を途中で放るほど非常な男のつもりはない。それになんだこの軽さは。ちゃんと食べているのか疑わしいくらいだ。

順位はキープしながら学校へと目指す。
耳元からは彼女の苦しげな息遣いが聞こえてくる。なるべく負担をかけない走りをしていても、どうしても衝撃が来るのだろう。空を飛べたらいいんだが、そうもいかない。

最新の注意を払って学校に辿り着けば先生に事情を話してそのまま保健室へ。あとは保健の先生にでも任せておけばいいだろう。
ゆっくりと保健室の前で平凡さんを降ろしてやる。

「楠雄くん...わざわざありがとう。」

ふわりと微笑んだ平凡の表情に思わず息を呑んでしまった。なんだ、この感じは...これは。あの時の、記憶を奪った時の罪悪感によく似ている。

僕はまだ、この感情の名前を知らない。




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