第20χ 人目の網から掻い潜れ!A




「別に楠雄くんに用はないよ。気になったから声をかけただけ。私は5時から見なきゃいけないものがあるから早く帰らなきゃ。それじゃあね。」

嫌な顔をされたせめてもの仕返しにと、軽く早口で楠雄くんに事を告げると下駄箱へ向かって足を向ける。

突然肩を掴まれて、驚きに身体が跳ね上がりそうになる。ドキドキする心臓に手を添えて深く呼吸をしながらゆっくり振り返って見てみれば、じっと私を見つめる彼の瞳。緑色のレンズからまっすぐ私を見つめる視線に、止まりかけていた心音が高鳴るのを感じる。それを必死に隠すよう声色に気をつけながらゆっくり言葉を返す。

「...え、一緒に帰る?」

大きく頷くのを確認すると肩から手を離してくれた。私を盾にみんなからの誘いを断ろうという事なのだろうけど、楠雄くんからのお誘いは正直言わなくても嬉しい。しかし、楠雄くんも存外面倒な事を持ち込んでくるのだと少し意外でもあった。

私が歩けば後ろから楠雄くんがついてくる。なんだか後ろを歩かれると落ち着かない。そもそも楠雄くんと歩く事さえ違和感があるのに。
周りの人達に変な目で見られていないだろうか。先日の鳥束くんじゃないけれど、私達が恋人同士なんて誤解されたらたまったもんじゃない。そう思っているのは私だけなんだろうけど。それはそれでショックだ。...最近楠雄くんのおかげで気持ちが落ち着かない。本当に困った。

二度目の下駄箱。
靴を履き替えていると掃除箱から出てくる海藤くん。バンッと扉が開く音にまた心臓が飛び跳ねる。みんな私を殺しにきているのか。...と言うより、君はなんてところに隠れているのだろう。掃除箱の中がとても衛生的とは思えない。それほど楠雄くんと遊びたいのだろうか。愛されていてよかったね、楠雄くん。

「やっと見つけたぞ、斉木!俺と一緒に秘密き...」
「海藤くん、ごめん。今日は私が先約だから。誘うのはまた今度で。」

彼を遮るように言葉を返して、申し訳程度に手を合わせて謝罪の意を見せる。そうか...仕方ないと海藤くんも納得してくれたようでよかった。楠雄くんはと言うと計画通りと、少し悪い顔をしている。どこのノート所持者だろうか。

校門に待ち構える灰呂くんも華麗にかわして、帰宅を急ぐ。腕時計に目をやれば残り20分。なんとか間に合いそうだ。

「それにしても楠雄くん人気だね。みんなから慕われていて...少し、本当に少しだけ羨ましいな。」

振り返って彼を見つめれば勘弁してくれと言わんばかりに疲れたような顔をしている。その顔がおかしくてついクスクスと笑えば、今度は何がおかしいと首を傾げている。楠雄くんは私が思う以上に感情豊かなのかもしれない。うん、可愛い。

そんなこんなであっという間にお互いの家の前へ。残り5分。ギリギリセーフ。

「それじゃ、また明日ね。」

手を振って返せば、手を軽くあげて返してくれる。家に入っていく楠雄くんの背中を見つめながら、緩んでいく頬。頭の片隅で、彼を見ていたいなんて思ってしまう。

しかし、こんなところでぼんやりしている場合じゃない。スペシャライザーが待っている。私は慌てて家の中へ入って行った。





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