『まもなく蝶野雨緑のイリュージョンの新作ショー第二部を開演します。』
「アメェーズィング!!」
遂に始まってしまった。ここが私にとって...いや、舞台に立つ三人にとって一番の山場であり、不安材料でもある。最悪の事態にならなければいいけれど。
楠雄くんによって運ばれて来た、例の何の変哲もない箱。
それを楠雄くんと一緒に荷台から下ろすと、私が扉を開いて中に何も仕掛けがないことを証明してみせる。こういうことはやったことないけれど、テレビで見たことはある。記憶に残っている助手をイメージして動けば、男性陣からオーッと意味深な声が上がる。何コレ、恥ずかしすぎるのだけど!
一通り確認を終えると中に楠雄くんが入って行った。扉を私がしたからゆっくりと閉じてゆく。
「...大丈夫?いざとなったら私が止めにかかるから」
作業しつつヒソヒソと楠雄くんに囁きかければコクリと頷いてくれた。楠雄くんは私が絶対に死なせない...っ。
扉が全て閉まって準備が整う。いよいよ、本当にタネも仕掛けもない人体切断ショーが幕を開ける...!
「ちょっと待ったー!!」
ショーを妨げるように声を上げたのは燃堂くん。
自ら中に入りたいなんて自殺行為に等しい。燃堂くんはこの箱に本当にタネがあると信じ込んでいるからなのかもしれない。むしろ、この箱にタネがないと思う人の方が圧倒的に少ないと私は思う。
燃堂くんの立候補を断ってしまえば、客からの避難を浴びてしまうだろう。渋々、蝶野さんの許可によって楠雄くんと燃堂くんが交代して箱の中へ。
いよいよチェーンソーが起動され、激しく唸りを上げている。そして蝶野さんによってゆっくり箱の接合部へと歯が添えられる。
...場の雰囲気をぶち壊してしまうのはいけないことだけれど、このまま燃堂くんを見殺しにはできない!
「待...ッ!」
蝶野さんに声をかけようとした刹那、チェーンソーがその手から床へ、ガシャンと大きな音を立てて滑り落ちた。私は危険がないよう、すかさずチェーンソーを停止させにかかる。
「...すみません...やっぱりできません...実はこのイリュージョンはまだ未完成でして...舞台を成功させようとするあまり、万が一でも失敗する可能性があるものなんて...」
それから、数時間後。
思いも寄らぬ中止に怒り収まらぬ観客による暴動が発生し、ショーが中止になるどころか会場までボロボロにされてしまった。
私は咄嗟に楠雄くんが裏へ連れて行ってくれたから何事もなかったけれど、蝶野さんの一張羅は酷く破けていた。
「ハァー、ショーは大失敗だよ...緑も帰っちゃったみたいだし...グスッ...」
ショーは失敗してしまったけれど、私はこれが一番正しい判断だって思う。あのまま続けていたら会場は血塗れの惨事になるところだったし、燃堂くんもあの世行きだったかもしれない。
ポンと不意に蝶野さんの足元に投げられた通帳。
その投げられた方向に顔を向ければ、燃堂くんのお母さんがいた。
「まったく...酷いショーね。期待させるだけさせて出来ませんなんて、そりゃお客さんも怒るわね...」
それはごもっともです。温厚な私でさえもきっとその場にいたら怒ってしまいそうだもの。
「でも、アンタモ少しは変わったみたいね...100%成功するようになったら見に来てあげるわ...」
「つ...通帳ありがとう...!この金で今度は新品の120万の人体切断マシーンを買って必ず成功させてみせるから...!」
イイハナシダッタノニナー。
蝶野さんが成功しない理由がよくよくわかった気がする。
さて、これで本当にショーも終わったし帰れる。
「クシュンッ、」
まだ肌寒いというのにずっとこんな露出度高いものを着ていたせいで身体が冷えてしまった。早く服に着替えて温まりたい。
ふと、肩にかかる温かいもの。これは楠雄くんが着ていたコート?もしかして私のために取ってきてくれたのかな。さっきまで一緒にいたのにいつの間に...?
まぁ、それは一旦置いておいて...。
「ありがとう、楠雄くん。風邪引く前に早く着替えて帰ろうか。」
The END