第41χ TVではないものが映画館にはあるA




映画館の中へ入ってやってきたのはチケットカウンター。確かに買わなければここでは何することも出来ないのだけれど、一体彼は何が観たいのだろう。

「今日は何を観る予定?私も同じやつ観ようかと思うんだけど。」

彼が指差した先を見れば映画のポスターが貼られていて、そのポスターに描かれていた作品はすこやか戦隊スペシャライザーの実写版。
すこやか戦隊スペシャライザーとは、地球を侵略しに来た地球外生命体と戦うヒーローを描いたよくある戦隊モノだ。ありふれたストーリーだが、主人公の前向きな姿勢と悪役を倒す時の技が奇想天外なところを高く評価して、放送開始からずっと見続けてきた。そんなスペシャライバーとしては、絶対に実写版もおさえておきたいところ。ん?前も同じようなことを言ったようなデジャヴ感がある気がするけど、きっと気のせいだ。
スペシャライザーに関してはちゃんと学習済みで抜かりはない。欠落した時に最終回もやっていたみたいだけど、わざわざDVDをレンタルして観たり、動画サイトで総集編もやっていたおかげで全部把握することができた。スペシャライバーたるもの、このくらいできなくてどうします?

実写版は大抵地雷臭漂うものなのだけれど、スペシャライザーは期待できる気がしている。公式サイトで見ていてずっとワクワクしていたのだから。

チケット売り場でチケットを購入する。なんと、今日はカップルデーをやっていたらしく、割引価格で買えてしまった。得したのは嬉しいけど...楠雄くんとはそういう関係ではないし、なんだか複雑な気分になる。楠雄くんは得した気分になっているのか少し嬉しそうな顔をしていた。楠雄くんが嬉しいならそれでいいか。

チケットを買ったら次は食べ物!
私は映画館に来たら必ずポップコーンと飲み物は忘れないようにしている。ポップコーンが食べられるのはここだけだし、これが映画館の醍醐味だと思っているくらいだ。ちなみに私はキャラメル派。楠雄くんは塩を選んでいた。...あとで少し分けてもらおうかな。

これで準備は完了。映画館の中へ入っていく。
チケットを見ればF14とF15と座席が割り振られていて、後方真ん中と中々いい席を得ることができた。私がF15、楠雄くんがF14の席に腰をかける。ここの映画館に来るのは初めてで、椅子の座り心地も中々いい。これならリラックスして見観られそうだ。

「え...斉木...くん、と平凡...さん?」

名前を呼ばれたと思ってその方向に目を向ければ、なんとクラスのマドンナ照橋さんがいた。
これはまずい。楠雄くんと一緒にいるところを見られて誤解されたりして、クラスで騒がれたら彼に迷惑をかけてしまう。
狼狽している様子の彼女に、偶々観たい映画が一緒だったから来ただけと伝えてみたけれど...照橋さんの表情にどこか黒いものが見えた気がする。それは驚きではなく、まるで...。

「おまたせー!ポップコーン買って来たよー!」

サングラスを掛けた男性がこっちに歩いて来る。この列は私と楠雄くん、照橋さんしかいないわけで、照橋さんの彼氏が何かなのだろうか。暗い中でサングラスなんて見えにくくはないだろうかと頭の隅で思ったけど、それは置いておこう。
それにしても照橋さんに年上の彼がいたなんて驚いた。照橋さんの御眼鏡に適う男性はあんな感じなのだと、みんなが知らないことを1つ知れたようで少しワクワクしてしまった。勿論、そのことは誰にも言うつもりはない。

「おい、オレの心美とどういう関係だ!?」

楠雄くんが隣にいたから勘違いしたのだろう。サングラスまで外してお怒りのご様子。私のことはスルーなのかな。別にいいのだけど。

周りが一気にざわつき始める。そりゃ上映前に一悶着があったとなれば無理はないか。

「主演の六神通だー!!」

1人の子供が声を上げたと思えば、一気にこちらに人々が集まって来る。私は俳優にも疎くてイマイチピンとこないのだけれど、楠雄くんが持っていたパンフレットと目の前にいる男性が一致すれば、なるほど納得。
私達は六神通を一目見ようと押し寄せた人の波に流されて外に出されてしまった。咄嗟にはぐれないよう楠雄くんの手を掴んでいたから逸れることはなかった。

「ぷは...っ、まさかあんなことになるなんて、ビックリした...あ、ごめんっ、つい!」

劇場外に出て一息つけば握っていた手を咄嗟に放す。楠雄くんはそのことより騒ぎで見られなくなってしまったのがとても残念なのか、劇場の入り口をぼんやりと眺めていた。

「また、観に来ようよ。まだしばらく上映期間はあるし。」

楠雄くんと家に向かって歩きだす。
今日は中々の成果を上げられたと思う。この調子で少しずつまた思い出を増やしていこう。欠落した部分もいつか思い出せるかもしれないし。





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