「待って!」
「?」
京子は雪子を追いかけ続けて、2階の廊下でやっと追いついた。雪子は廊下で立ち止まって左右を何度も見ていたところだった。
「きみ、もしかして迷子なのかな?」
「べ、別に違うもん……。ここ、右に行くのと左に行くのだったらどっちが早く応接室につくのか考えてただけだよ」
「応接室に行きたいんだ! でも……」
応接室は、一つ階段を下がって渡り廊下を渡ったもう一つの校舎の方だよ?
と、向日葵のような笑顔で言われたとき、雪子は沈黙しか返せなかった。
「……ちょ、ちょっと探検してただけだから。迷ってない」
最後の抵抗とばかりに雪子がぶつぶつと否定を返すも、京子の笑顔に完全に跳ね返された。
「そっか! 応接室の前まで私が送ってあげるね!」
「……」
京子は右手を雪子に伸ばすと、雪子もそっと左手を伸ばした。
「お名前はなんて言うのかな?」
「……雪子」
「雪子ちゃんっていうんだ! よろしくね! 私は京子だよ!」
「……よ、よろしく……してあげてもいいよ」
「うん! よろしくしてくれるとうれしいな!」
雪子は赤くなった頬を肩からかかっていたクロネコで隠す。クロネコの中から美味しそうなお弁当の匂いがした。
迷子の仔猫と犬の婦警さん。
・・・・・・
・・・・
・・
「はい、ここが応接室だよ」
京子は"応接室"と掲げられたプレートを見上げて言った。
「ありがとう、京子」
「どういたしまして! それじゃあまたね、雪子ちゃん!」
「ばいばーい」
手を振って京子を見送ってから、ドアを開けた。
ガラララ……。
「おにーさまー、いるー?」
部屋の中には誰もおらず、雪子の声が響いた。
「いないね」
革張りの大きなソファに腰掛けて、クロネコの中を漁る。今回の目的であるお弁当を机の上に置いた。よし、みっしょんこんぷりぃと。
「お兄様、まだかな」
じっとふかふかのソファに体を預けていると、だんだんと訪れてくる眠気。
瞼が重くなっていく。うん。
「……寝て待とう」
そう決めれば、夢のなかに意識を持っていかれるのはあっという間のことだった。
おやすみ。
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(8/21)
bkm