Chapter 5-12
声の正体が誰であるのか、スィルツォードは確かめるわけにはいかなかった。
振り返って背を向けてしまえば、短剣の餌食になってしまう。しかし、盗賊たちは表情を一変させ、短剣を下ろして叫んだ。

「「お、おかしらっ!!!」」

盗賊たちの揃った声。そこでようやく、スィルツォードは構えを解くことができた。ティマリールとともに、声が聞こえてきた部屋の入口の方へと目を向ける。
そこには、声に似合った体の大きな男が立っていた。裾の短い毛皮のベストを着ており、首にはやや不格好な金色のネックレスを身につけている。やや膨らんでいる腹と、短めの脚。しかしその眼光は炯々としていた。頬には大きな傷跡。背中には、鈍色の刃が光る斧。
おかしらと呼ばれたその男の風貌は、確かに盗賊団の親分のようである。遠くで気を失っていたもう一人の盗賊も、この場の気配の変化を察知したのか、起き上がって同じように「おかしら!」と叫んで近寄ってきた。

つい先ほどまで激しく音の飛び交っていた空間は一転、しん、と静まり返った。
ぎろりと手下の盗賊たちに目を走らせ、男は静かに言った。
「てめぇら、誰に断ってこんな場所で騒いでやがる」
ドスの利いた低く威圧的な声に、盗賊たちはびくりと背を揺らした。
「ち、違いやすぜおかしら。これは……」
「賊が入り込んできたんでさぁ!」
「いや、賊はお前らだろ!」
自分たちを指差す盗賊に、思わず全力で突っ込むスィルツォード。それから、はっと我に返った。しまった、と口を押さえても後の祭りだ。
「ふん、そいつぁ違いねぇ」
しかし、親分はスィルツォードの言葉に笑いで返した。
「で」
それから、また手下たちをじっと睨む。
「説明しやがれ。なんでこんな奴らがここに来てるんだ?」

「……花壇」
しばらくの間があって、手下に対する質問に返事をしたのはなんとリーゼだった。ティマリールの腕の中で、彼女も親分に負けじと鋭い目つきで彼を睨みつけている。
ちらりと、彼女は自分を押さえているティマリールを見上げた。そして彼女とさっと目が合う。数瞬の間、二人の間に無言のやりとりが起こる。やがてティマリールは、彼女を抱いていた腕の力を緩めた。するりと抜け出たリーゼの身体。立つだけの体力は残っているらしい。両の足で立った彼女は、親分に向き直って、杖を握り直した。険しい目つきが戻っている。
「……花壇?」
親分は静かに言った。どうやらリーゼに説明を要求している。しかし彼女が次に口を開くより先に、今度は盗賊たちが口々に答え始めた。
「おかしら、聞いてくだせえ! そこのガキどもが、変な言いがかりをつけてきやがったんです!」
「俺たちがギルドの花壇をめちゃめちゃにしたとか、わけわかんねぇこと言ってアジトを壊しやがった!」
「親分が来たからにはタダで帰れると思うんじゃねぇぞ……!」
めいめい口走る子分たちに、親分は「ちょっと黙ってろ!」と一喝した。

「……嬢ちゃん」
怒りで杖を向けるリーゼに動じることなく、親分はずいと彼女に歩み寄った。大柄な男と小柄な少女の距離が縮まる。
「野郎どもの言ってる、ギルドの花壇がめちゃめちゃになったってのは本当か?」
静かな声。リーゼは彼から視線を外さずに、こくりと頷く。
「そんな事件が起こってたのか。それじゃお前らは、そこのメンバーってことだな」
「ああ、そうだ」
三人に順に目を向ける親分。最後に目が合ったスィルツォードが、返事とともに頷いた。親分は「そうか」と短く答えて、しばらく黙ったあと続けた。
「ギルドの花壇か、ありゃきれいなもんだってオレも聞いたことがある。あんまり近寄れる場所じゃねぇから、ちゃんと見たことはなかったが」
スィルツォードたちにとって、それは意外な言葉だった。
「わざわざこんなところまで来たってことは、嬢ちゃんたちがその面倒を見てたんだな」
「たち……じゃないよ。シスターがほとんど一人で毎日、心をこめてお手入れしてた花壇だったんだ」
ティマリールが力なく答える。親分は大方の事情を把握したらしく、「なるほどな」と呟いてすっとリーゼから離れ、背を向けて数歩、部屋の奥へと進んだ。
その様子に、スィルツォードは違和感を覚え始めていた。盗賊団を束ねる者に見つかった以上、有無を言わさず戦闘に突入することは避けられないと思っていたからだ。盗賊は血の気が多い連中だというのは、どうも偏見であったようだ。

親分は一列に並んだ子分たちの前に立つと、もう一度リーゼたちを振り返って言った。
「悪いが、それでオレたちを捕まえに来たんなら見当違いだ。オレたちは犯人じゃねぇ。信じるかどうかはお前らの勝手だがな」
やっぱり――。
スィルツォードはごくりと唾を飲んだ。親分は厳然とした口調で言う。
「オレたちは盗賊だ。お天道様に真正面向いて生きてはいけねぇ連中の集まりだが、オレらにはオレらの誇りってもんがある。ギルドの花壇をめちゃくちゃにするなんてことをわけもなくやるような、曲がった性根はしてねぇ」
「理由があったらするってことかよ」
「うるせぇ、いちいち細かいことに突っ込んでくるんじゃねぇよ」
茶々を入れるスィルツォードに、親分も軽口を叩くように返した。
そうでもしないと、スィルツォードはこの居心地の悪さをごまかせなかった。どうも、この男がしらを切っているようには思えない。とすると、自分たちは勝手に盗賊のアジトに押しかけ、好き放題暴れたということになる。問答無用で殴りかかられても、文句をつけられないのではないか。
それはリーゼにももう分かっていたのだろう。時間が経つにつれて、頭が垂れ始める。頭が冷えた今、彼女は事の重大さをはっきりと感じ始めていた。

「まあ、お前らが勘違いするのも当然かもしれねぇな。オレたちが普段何をしてるか、街の評判は聞こえてくるもんだ。ワルだってことも分かってるし、その通りのこった。だからそのことについては責める気はねぇ。が」
言葉が切れたところで、親分の目つきが変わった。先ほど子分を叱りつけたときの射抜くような眼光が、三人に向けられる。
「かわいい子分どもを痛めつけて、おまけにアジトを盛大に壊してくれたんだ。事情によっちゃ、今晩は飯を食えないかもしれねぇぞ」
リーゼの背中が震えたのを、スィルツォードははっきりと見た。
「聞かせてくれねぇか。嬢ちゃんはなんで、オレたちがやったと思ったんだ?」
先ほどより一段低い声が、リーゼに投げられる。
リーゼは喉を震わせながら、その経緯を語った。犯人を探して街を歩き回ったこと。路地裏で盗賊が、花を踏みつけて嘲笑しているのを目撃したこと。彼らが花壇荒らしの犯人だと確信したこと。二人を置いて単身アジトに乗り込んだこと。そして――気がついたらこの場所で、ティマリールに押さえられていたこと。

リーゼの話を聞き終わった親分は、スィルツォードとティマリールに視線を向けた。
「嬢ちゃんの言ったことは嘘じゃねぇか」
「ああ。その通りだ」
「だね。ボクも合ってると思う」
二人が頷くと、今度は子分たちに問いかける。
「てめぇらはどうだ。今の話、何か間違ってたか」
「いえ、合ってやすが……」
「へい……」
同じように、子分たちも首肯する。
緊張した空気が、いまだ砂埃舞う広い空間を満たしていた。
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