Chapter 5-13
「…………」
無言のまま目を閉じ、腕を組んで、ふう、と大きく息をつく。それから荒々しく後頭部をぼりぼりと掻いたあと、半ば呆れ顔で親分は言った。
「そりゃ、嬢ちゃんが正しいじゃねぇか」
「「「へっ……?」」」
盗賊たちから、間の抜けた声が漏れた。
「何を腑抜けた声上げてやがる。道端の花を踏み荒らせって、誰が言った?」
「いや、あのときはあれで足を切って、ムカついてたもんで……」
「ならオレがてめぇの足に傷をつけたら、オレを殴って踏んで蹴ってするわけか。やってもらおうじゃねぇか、え?」
言葉に詰まる盗賊たち。親分の追及はさらに続く。
「それにてめぇら、こんな小せぇ嬢ちゃん相手に男三人がかりだったっていうのはどういうことだ?」
「「「………………」」」
黙する三人。怒ることも忘れたのか、失望のため息が親分の口から漏れた。
「……なんとも情けねぇ話だ。やっぱりオレたちの方がよっぽど賊じゃねぇか。そこの兄ちゃんの言う通りだ」
半ば吐き捨てるようにそう言うと、親分は部屋を大股で横切って、リーゼたち三人の近くまで戻ってきた。

「どうもここがぶっ壊れたのはあいつらとオレのせいみてぇだな……アジトのことは気にしなくていい。それとさっきは脅すような真似をしてすまなかった」
「ごめん、なさい。あたし、その……」
「いいって言ったじゃねぇか。嬢ちゃんは悪かねぇよ」
「で、でもあたしが、呪文で……部屋とか、こ……壊しちゃって。あの、なんでもします。だから、あの……」

途切れ途切れに言葉を紡ぎ出すリーゼ。黙って聞いていた親分だったが、ひととき流れた沈黙を破って低めの声で言った。
「嬢ちゃん、二つだけ忠告しといてやらぁ」
その顔つきは、敵意のない険しさを湛えていた。
「まずいっこめ。頭に血が上っても、一人で勝手に動くのはよくねぇ。仲間がいるときは、そいつらを頼ってやるこった。集団にいるときは、そうするもんだ。それからもういっこ……『なんでもする』なんて言葉は、悪党に対して使っちゃいけねぇ。嬢ちゃんみたいな子は特にな」
「…………」
「花と同じように、自分のことも大事にしな」
「……はい」
消え入りそうな声で、リーゼは返事をした。
「よし、それで十分だ。この件はもう、これで水に流そうじゃねぇか」
親分はごつい手をぶんぶんと振る。
スィルツォードは胸を撫で下ろした。どうやら、盗賊団と全面対するという事態は避けられたらしい。ティマリールをちらと窺うと、どうやら彼女も思いは同じらしかった。目を閉じて、ほっと息を吐きながら胸に手を当てている。
と、その時。
眼前の少女の身体が、ぐらりと揺れた。

「……リーゼ!!」
「シスター!!!」

とっさに倒れる彼女を支えたスィルツォード。杖が地面に落ち、カラカラと音を立てて転がる。
両の腕で抱えたその上半身は、力が抜けていて見かけ以上に重い。注意深く観察すると、微かな呼吸音に合わせて小さく胸が上下していた。どうやら気を失っただけのようだ。
スィルツォードとほぼ同時に叫んだティマリールもすぐに駆け寄ったが、それを確かめて小さく安堵のため息を漏らした。
「気をやっちまったか。これだけ派手にやりゃあ、疲れるのもしょうがねぇ……おい、裏に藁が余ってたろ。持ってきてやれ」
様子を見ていた親分は、手下たちに命令を飛ばす。
「へ、へいっ!!」
返事とともに、スィルツォードたちが入ってきたところとは逆の場所から奥へ伸びる横穴へと消えていく盗賊たち。
「ちょっとの間寝かせてやろう。ここじゃこれぐらいしかできねぇから、帰ったらちゃんと看病してやれ」
彼の言葉に、スィルツォードはわずかながら感じた。この親分は、どこかダンケールに似たところがある……と。
「……ありがとうございます」
それが自然と、スィルツォードの頭を下げさせたのだろうか――そこまでは分からないが、少なくとも口調を変えさせる程度には、親分が親分らしからぬ人間だと彼に思わせたことは確かだった。


「あの、すいません」
手下が抱えてきた大量の藁を床に敷き、その上にリーゼを横たえた後。
拭えない後ろめたさを隠して、スィルツォードはおずおずと親分に話しかけた。
「アジトを壊してしまったのは、オレたちの責任です。元に戻すのを、手伝わせてもらえませんか?」
その申し出に、親分は静かに首を振った。
「んなことは頼めねぇ、原因を作ったのはこっちだ。穴ん中が生きてりゃ何とでもならぁ。こっちの暮らしの心配なんて無駄なことはするんじゃねぇぞ」
「いや、でも……」
「それにな、お前らはギルドの人間だ。オレらみたいな悪党にはあんまり関わるべきじゃねぇ……ただでさえ荒くれどもを抱えて苦労してんだろうが。深入りしてると、評判に余計な泥を塗っちまうぞ」
「……そうかな」

リーゼの様子を見ていたティマリールがぼそりと呟いて、くるりと二人に顔を向けた。
「ボクはそう思わないよ。おっちゃん悪い人じゃなさそうだし、ボスやルイーダさんにちゃんと説明したら分かってくれると思うんだけど」
「悪い人じゃない? 盗賊をまとめてる人間にかける言葉じゃねぇな」
ティマリールの反論を、親分は一笑に付す。
「オレも思いました。本当にこの盗賊団のボスなんですか?」
「バカ言え、手下どもを見りゃわかんだろ。おめぇ何を見てきたんだ?」
「いや、みんなして演技してるんじゃないかって疑いたくなるくらいには、なんか盗賊の親玉っぽくないな、って」
「オレはどこぞの劇団の座長ってか。そいつぁ傑作だ!」
がはは、と豪快に笑い飛ばす親分。ひとしきり声を上げた後、彼は表情を戻して「あのな」と続けた。
「お前らが盗賊団ってもんをどう考えてるかは知らねぇが、こういうところにアジト構えてる集団は基本的にはワルだ。その中にもピンからキリまで、いろんな奴がいる。だからオレだけを見て、盗賊団が思ったよりどうだっただとか思うのはやめるこったな」
「そりゃそーかもしれないけど、おっちゃんがいい人なのは変わんないでしょ」
対して、けろりとした様子で言うティマリール。
「まだ言いやがるのか。オレが何をしてきたか知らねぇからそういうことが言えんだよ」
「じゃあボクらに聞かせてよ、どんなことをしてきたのか」
「そうだな、例えば……」

そう言いかけて、親分は慌てたように口をつぐんだ。それからしばらく考え込んだあと、首をぶるぶると横に振った。
「……いや、お前らに言うような話でもねぇな」
「えぇー、もったいぶらずにさぁ……」
「うるせぇ」
「ちぇっ」
お預けをもらってしまい、ティマリールは残念そうに口を尖らせる。
「……それはそうとさ、どう言われてもアジトを荒らしたことはこっちが悪いと思うんだよね。ギルドのメンバーとしては、そこをそのままにして帰ることはできないかなって」
「ああ……リーゼのこともあるし、オレたちにも何かさせてください。このままじゃ帰れない……お願いします」
ティマリールの言葉に頷き、スィルツォードももう一度頼み込む。
「ちっ……ったく、聞く耳持たねぇってか。頑固な奴らだ」
小さく舌打ちをする音。しかしその表情はいくらか柔らかい。
「……しゃぁねぇ。なら、こうしようじゃねぇか」
しばらくして、親分は太く短い人差し指を立てて、ひとつの提案をした。
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