Chapter 5-11
「リーゼ!!」

背後から、彼女の名を叫ぶ。
肩をぴくりと震わせて、彼女はこちらを振り向いた。
先の爆発で焦げたのか、髪の先はところどころ明るいオレンジがくすんで縮れている。上気した頬は紅く火照っており、いつもより瞼が下がっている。しかしその瞳は、いつになく鋭い眼光を放っていた。釣り上がり気味の眉が、彼女の怒りを体現している。
「はぁ、はぁ……」
小さく聞こえた息遣い。どうやらかなり消耗しているようだ。

こちらを振り向いた――それは、盗賊たちに背を向けたことを意味する。じりじりと、彼らは距離を詰めてきていた。
リーゼの豹変に気を取られていたスィルツォードとティマリールは、それに気づくのが寸分遅れた。
「好き勝手やりやがって……!」
「やっちまえ!!」
一斉に向かってくる三人の男たち。しかし、彼らがリーゼのもとにたどり着くより先に。
「……えして」
唇が、小さく動いた。

「あたしの花壇、かえしてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

絶叫に近い声音とともに、男たちに向き直ったリーゼの握る杖の先から、目が眩むほどの光が放たれる。あまりの明るさに、スィルツォードたちはとっさに目を瞑った。
瞬間、光球が炸裂した。地面が揺れ、大きな音とともに爆風が巻き起こる。スィルツォードとティマリールはさっとその場に屈んで、猛烈な気流に吹き飛ばされまいと渾身の力で踏ん張った。しかし今にも飛びかからんと、短剣を構えて近づいてきていた男たちは、みな受け身を取ることかなわず盛大に吹っ飛ばされた。
「どわっ……!」
「ぐえっ!!」
そのうち一人は岩壁に強かに背中を打ち付け、地に落ちて動かなくなった。
腰蓑や服を無造作に積み上げた山、中央に据えられていた薪、隅にまとめて置かれていた宝箱。部屋にあった何もかもが地面を離れ、思い思いに飛び散った。削られた天井が、礫や砂となってぱらぱらと落ちてくる。
「かえして、かえして、かえしてっっっ!!!!!」
声を張り上げて、杖を振り回すリーゼ。その先からは火球が次々と生み出され、無差別にあらゆる方向へと飛んでいく。それは彼女の後ろにいた、スィルツォードたちにも牙を剥いた。
低く屈んでいた二人は、飛んでくる火球を避けられなかった。スィルツォードは反射的に剣を抜いて、体の前にかざした。
「ぐっ!!」
「あああっ……!!」
スィルツォードは剣によってわずかに威力を弱められたが、ティマリールはほぼ直撃を受けた。全身を舐めるような炎が、容赦なく二人の体力を奪っていく。
「ティマっ!!」
「……ボクはだいじょぶ。それより、シスターを止めなきゃ……!」
ティマリールは顔で、前に立つ背中を見つめた。

「……はぁ、っ……ぁ……!」
火球の放出は止んでいた。瞼がわずかに下がったリーゼからもまた、苦しげな呼吸が聞こえる。
「……ぇしてっ……!!」
今度は杖の先が淡い青に色づき始める。もはや、彼女から発せられるのはひどくかすれた、がらがらの声になっていた。
少女の握りこぶしほどの大きさの氷が生まれ、力なく放たれる。
それは大半がほとんど飛ぶことなく地に落ちたが、いくつかは小さな岩陰に身を潜め、火球の砲弾をやり過ごしていた二人の男のところまで届いた。が、こつんと頭を叩く小さな氷塊は、リーゼの魔力の底が見えたことを彼らに知らせるサインとなった。危険がなくなったと察したのか、男たちは陰から姿を現し、短剣を構えてまたじりじりと距離を詰め始めてくる。
リーゼは液体がなみなみと湛えられた小瓶を取り出し、頭からばしゃっとかぶった。それから二度三度、深く息を吸って、吐く。その表情に、いくらか生気が戻ったように見えた。
眉をぐっと吊り上げ、近づいてくる男たちを睨めつけた。それから無言で杖を振りかざす。今度は青く弱々しいものではない、白く輝く力強い光が、一点に収束を始める。
「うげ、またかよ!!」
「どこにそんな力が……!」
狼狽える盗賊たち。スィルツォードは最初の爆発を思い起こした。あれと同じ光だと気づくのに、時間はかからなかった。
「ダメっ!!!」
彼が動き始めるより早く、鋭い叫びとともにティマリールがさっと横をかすめた。

「っ……!?」
突如、リーゼは両腕の自由が奪われるのを感じた。照準を失った杖先の光は爆発を起こすことなく、そのまま霧散した。
見ていられなくなったティマリールが、背後からリーゼに強く抱きついたのだ。
「シスター、落ち着いて!!」
「はなしてっ……ティマ!! あたし……!!」
激しく抵抗するリーゼ。ティマリールも必死の形相で、疼く火傷の痛みに耐えながら小さな身体を押さえこむ。
「ダメ! いくらやっても、もう花壇は戻ってこないんだよ! それにこれ以上やったら、シスターが死んじゃう……! お願い、もうやめて……!」
懇願するようなティマリールの声。締め付けられたリーゼの腕に、ぽたりと雫が落ちた。
「……!」
その感触をとらえて、リーゼは身動きをやめる。疲労困憊の彼女の目はぼんやりと霞み、もう自分の腕さえもよく見えていなかった。それでも、そこに落ちた温かな水滴がティマリールの涙であるということは、今の彼女にも理解できた。

が、待ってはくれない者もいる。
「やっとおとなしくなりやがったな」
「やりたい放題暴れやがって……覚悟しやがれ、ガキども……!」
盗賊たちにとっては、反撃のターンが回ってきたといったところか。水を得た魚のように、リーゼたちのもとへ駆けてくる。
「くっ……!」
「スィル!!」
スィルツォードはとっさに彼女たちをかばうようにその前に躍り出た。
「おいおい、オレたち相手にお荷物抱えて、一人でやろうってのか?」
「やってみなきゃ分かんないだろ」
剣を握る両手にぐっと力を込める。身動きを取れない今の二人を、刃にさらすわけにはいかない。

さっと男たちが左右に分かれ、挟撃を仕掛けてきた。
わずかに早く、右に展開した男の短剣が襲い来る。スィルツォードは刃先に視線を集中し、ぎりぎりのところで左足を引き、かわす。しかし間隙なく飛んでくるもう一人からの一撃には、反応ができない。さっと剣を突き出すも、機敏な動きで容易く懐に潜り込まれ、痛い一撃を食らう。
「つっ……!!」
左の肩口を押さえるスィルツォード。切り裂かれた服の内側から、赤い染みがじわりと広がっていく。
だが、そんなものを気にしている場合ではなかった。既に一人目の男が、ぐるりと回り込んでいたのだ。そこは、スィルツォードから見て無防備の少女たちを挟んだ延長線上。片やスィルツォードに傷を与えた男ももう態勢を立て直し、反対側から狙っている。完全に挟まれる格好となった。前方と背後の両方から彼女たちを守る術が、スィルツォードにはない。

「ちょっと、ピンチかも……!」
素早い動きと両の拳を封じられているティマリールが呟く。しかしリーゼを放してしまえば、彼女が無事ではすまなくなる。それが分かっているティマリールには、危険だとわかっていても拘束を解くことはできなかった。
「へへ……もうおしまいだな」
「どうしてやっかぁ……?」
勝ち誇ったような笑みと下卑た声。徐々に、盗賊たちとの間合いがなくなっていく。これ以上詰められると、短剣相手では対処ができない――その辺りで、スィルツォードたちがたまりかねて動き出そうとした、そのとき。

「待てっ!!」

野太い声が、彼らの背後から響いた。
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