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時巡り 〜沖田〜


「沖田、今日も家帰って主婦か?」

クラスメイトのからかう声に、沖田は悪びれない笑みを返す。

「そ。今日は母さん、生姜焼きが食べたいって言ってたから、スーパー行かないと」

言葉にクラスメイトの瞳が輝いた。

「沖田の作る生姜焼きか。いつか俺も食いてえ」

零れ落ちた本心。

それに、周囲から幾つも同じ声が上がった。


俺も!

私も!!


即ちそれは男女問わず。

「はは。じゃあ、まあ、いつかね」

しかし哀しい温度差かな。

ひらひらと手を振って教室を後にする沖田を見送って、クラスメイトは同様のため息を吐く。

「ほんと、ガード固いよな」

「笑ってはくれるけど」

「みんな一緒、同列の扱いだもんな」



はあ。



ため息吐き合って肩を落とした。

「男も女も興味無いんかな」

「そんな訳ないでしょ。いつか、この私の魅力で・・!」

「それ、絶対無理」









沖田の話で賑やかに盛り上がる教室。

しかしそこを離れた沖田の頭には、既に彼らの事は無い。

「生姜焼きだと、付け合わせは・・・」

思いつつ道を歩いて。

「そう言えば、新八さんとか平助君とか好きだったよな、豚肉」

思えば、自然と浮かびかける笑み。



まず。

公道でいきなり笑ったら可笑しな人だよね。



口元に力を入れて、笑いを堪えた。



それにしても、過去世覚えてるなんて僕くらいなのかな。



生まれ変わり。

自身は普通の事として体験しているそれが、周りでは普通では無い事を沖田は随分と小さな頃に知った。

現世の母は随分鷹揚な人で、何処へ行けば隊士の皆に会えるのかと聞いた沖田に、困ったように首を傾げた。

『ねえ、それって。
総司くんは、隊士さんだった記憶があるってこと?』

今思えば、よく気狂い扱いされなかったものだと思う。

それまで母にもそういった記憶があると信じていた沖田は、自分のように記憶がある方が珍しいのだと初めて知った。

『ある方が珍しい、のだと思うのよね。みんなが言わないだけで持っている、って可能性もあるけれど。
母さんは、取り敢えず覚えていないのよ』

だから、どうしたらいいのか判らないと、母は真剣に悩んでくれた。

『だって、会いたいひとが居るのでしょう?
それに、今の総司くんは私の大切な息子だもの』

どうしてそこまでしてくれるのかと聞いた沖田にそう答え、笑った母。




左之さん・・・。



思えば募る、会いたい気持ち。



だけどもし、僕のこと覚えて無かったら?

誰か、別なひとが傍に居たら?



そうなのだとしたら、このまま会わない方がいいとさえ思う。



まあ、会いたい、って思っても会えないんだけどさ。


苦笑しつついつものように買い物を済ませ、家に帰って洗濯物を取り込む。

クラスメイトの言う通り本当に主婦のようだと思うが、沖田の家には父が居ないのだから、これくらい当然だと沖田は思っている。

父が事故死したのは、沖田がまだ小学生の頃だった。

鷹揚で、いつも微笑みの絶えない母の涙。

沖田を抱き締めて泣いた母を、沖田は生涯守ると誓った。

そんなおっとりとした母は、意外にもデザイナーとして活躍している。

デザインし、自分で作る。

それが楽しいといつも言っている母。

それでも、何処か抜けた性格は元来のものなのか、新作のドレスを沖田の
サイズで作ってしまい、お願いだから写真だけ掲載させて、と手を合わせられた事もある。



あれは、ひどかった。



キャベツの千切りを作成しながら思い返す。

結局、女装して写真に収まり、それが結構好評だったとかで、一度で済まなかった暗い記憶。



まあ、もう無いだろうけど。


沖田が真剣に嫌がった成果か、母はあれ以降沖田に女装をさせることは無かった。

「さ。もう帰って来るかな」

こまめに入るメールを確認しながら、沖田は料理の仕上げに入った。









「・・・ねえ総司くん。
お兄ちゃん、欲しくない?」

食事中、母から告げられた言葉に沖田は箸を取り落としそうになった。


お兄ちゃん?


元から突飛な母ではある。

その性格に誰よりも慣れているのは自分だという自負もある。

だが。

「弟か妹、じゃなくて?」

思わず確認する。

もし母が身籠ったというのなら、生まれて来るのは弟か妹である。

兄とは自分より早くこの世に存在するのであるからして・・・。

「違うわよ。今、大学の四回生なんですって。だから、お兄ちゃんでしょ?」


まさか。


嫌な予感が沖田の身の裡を奔った。



まさか、大学生と再婚しようとか?

で、父では何だから、兄と呼べとか、そういう話?



「総司くん。いや?」

至極真面目な母の顔。

「母さん、そのひとって職業は?性格とか」


燕でも、母を大切にしてくれるならいい。

でも、そうでないなら・・。


思う沖田の耳に届く母の声。

「普通のサラリーマンさんよ。お洋服を扱ってる会社のひと。性格は、そうね。凄く面白いひと?」



付き合ってるんだろうに、なんで疑問形?



思う沖田の脳裏が高速回転する。



しかも、サラリーマンで大学生?

学生で職業持ってるんなら優秀なのかもしれないけど。


混乱する沖田に母は益々不安そうな顔になった。

「やっぱり嫌かな?いきなり新しいお父さんとお兄ちゃんなんて」

言われて沖田の中で、漸くすべてが繋がり始める。

「ちょっと待って・・サラリーマンと大学生は別の人ってこと?」

沖田の問いに母は当たり前と大きく頷いた。

「ああ、判った。
・・・つまり母さんの再婚相手に大学生の息子が居ると、そういうこと?」

再び頷かれ、沖田は大きく息を吐く。

「ああ、びっくりした」

そういうことなら何も問題は無い。

母が選んだひとなら、きっと大丈夫だろう。

突飛でも何でも、沖田を女手ひとりで育ててくれた母だ。

未だ不安そうに沖田を見つめている母。

そこにある沖田への愛情。

その母へ、沖田はとびきりの笑顔を向けた。


「幸せになりなよ」














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