小説 | ナノ





時渡り 〜貴方を護りたい〜 9



護りたい。

例え、自分の何を賭けることになったとしても。





戻った自室。

手にあるふた粒の珠。

それを見つめて沖田は原田を想った。

想われている事は知っていた。

大切にされているとも感じていた。

けれど、これほどとは思わなかった。

原田が想ってくれる深さ。

それはまるで奇跡のようで。



左之さん。



手にした愛刀。


「再び、あの時へ」

断じる言葉に応えるように歪む視界。

そして沖田は、その先に槍を手に奔る原田の姿を捉えた。











「左之さん、加勢します」

唐突に現れた沖田に驚きを隠しもしない原田に、沖田はにやりとした笑みを浮かべた。

「新撰組一番組組長 沖田総司。参戦」

その姿に周りから大きな声が上がった。

一方的とも言える攻撃を受ける自軍。

そのなかで獅子奮迅の働きを見せる原田。

そしてその傍に現れた沖田。

優れた剣士のみが放つ強い気に当てられたように、周りの士気が一気に高まった。

空気が変わる。

その一瞬に、沖田と原田は背を預け合った。

「・・総司。その隊服・・」

懐かしさが滲む原田の瞳。

「やっぱり、もうこの格好はしないんですね」

原田の洋装を見て沖田が言う。

「でも、僕はこれしか持ってないんで、勘弁して下さい」

言いながら斬り伏せて行く敵。

その剣捌きには微塵の迷いも無い。

「・・・お前、どうして」

神がかった強さを持つ剣士。

それは未だ沖田が病篤くなる前の姿。

「ああ。
まあ、色々不思議だとは思うんですけど。
今は取り敢えず・・」

言いながら沖田がまたひとり斬り伏せた。

「ああ。そうだな。終わったら、聞かせてくれ」


己の背を預ける沖田が居る。

沖田の背を預かる自分が居る。


それが原田の意気を高めていく。

「総司!」

「左之さん!」

名を呼び合い、信頼する者同士であればこそ可能な戦いを繰り広げるふたり。

しかし、劣勢は如何ともし難く。




「・・・この戦い、負けたな」

短く呟いた原田に頷いて、けれど沖田は満足そうに笑った。

「左之さんが無事なら、それでいいです。
僕は、そのためにここへ来たんですから」

言って、沖田は水晶をふたつ取り出した。

「お前、どうしてそれを・・」

驚きの表情で自身の懐から原田が取り出した護り袋。

それに当然のように納められた、総司の名を刻んだ水晶。

「あ」

それと出会った瞬間、沖田の手にあった珠がひとつ消えた。

「本物はそっち、ってことですね」

そう言って笑う沖田の肩を、原田は強く掴んだ。

「お前、どうして透けてるんだ?」

その声にある焦燥。

それが沖田への想いを物語る。

「何か、色々不思議な体験したんで、これで最期、って事なのかも知れないです」

沖田自身、不思議な思いで消えていく自分の手を見た。

「僕は過去の僕です。今、江戸のあの家で貴方を待ってる僕じゃない。
でも、あれも僕だから、僕が消えたらきっと消える・・ごめんね、左之さん」

「総司!!
そんな説明じゃ意味が判らねえ!納得なんて出来ねえよ!」

行かせまいと強く掴む、その肩さえ原田の手をすり抜けるように消えて行く。

「僕は満足です。
貴方に出会えて、想い合えて、そして、貴方の傍で消えて行けるんだから」

沖田の顔に浮かぶのは、心底幸せそうな笑み。

「僕、たくさん我がまま言いましたけど。
これが最期の我がままです。
どうしても、左之さんを助けたかった」


最初の時渡りで見た原田の最期。

それを、どうしても回避したかった。


「今、願いが叶って凄く幸せなんです。
だから左之さん。
笑って送って下さい」

沖田の手が、そっと原田の唇に触れる。

そして、愛し気に重ねられる唇。

「僕は幸せです。

貴方が、居るから」

「総司!!」


左之さん・・・。


もう一度唇だけでそう告げて、笑顔のまま沖田は消えた。


「総司?総司!」

信じられず、辺りを見回す原田の目が沖田を捉える事は無く。

「総司!」

繰り返し呼ぶ原田の手に遺された水晶。

「・・何で、どうしてふたつ・・」

手にある水晶。

左之と総司の文字。

それが、意味する処。

「総司!」

叫んで、原田は走った。

沖田が待つ筈の家。

春も夏も秋も冬も。

どんな季節も共に見つめる楽しみのある庭。

そこに面した部屋に居る筈の存在。

「総司!」

玄関を通るのももどかしく走った庭。

その縁側に座る自分を見つめていた沖田。

「総司?」

しかし今、その部屋に沖田の姿は無く。

ただぬくもりを残す布団があるばかり。

「総司!」

それでも諦めきれず、原田はその姿を求め続ける。

廊下も、台所も、風呂場もすべて。

しかしその何処にも沖田は居ず。



ごめんね、左之さん。



沖田の言葉が蘇る。


目の前で消えて行ったあの姿。




「あ・・あああ・・ああああっ・・そうじぃっ」



強く拳を握り、床を叩く。

どうしようも無い思いが渦巻き、原田を取り込んで行く。




左之さん。

左之さん、大好き。



笑う時も怒る時も真っ直ぐだった沖田。

その瞳に見つめられると堪らなく幸せだった。

愛しくて大切で、誰よりずっと傍に居て欲しかった沖田。



原田の慟哭は絶えることなく、辺りの空気を揺るがし続けた。










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