小説 | ナノ





【1】 姉弟

「全く…弟づかいが荒いったら」


春休み最終日。


近所の図書館へ、借りていた本の山を返却しに行かなくてはならず、重い腰をあげた僕に―――『ついでにお願い』と、姉が買い物を頼んできた。指定されたのは地下鉄で数駅先にある、駅前の人気洋菓子店のケーキ。

ちなみに、僕の通う高校の最寄駅でもある。

図書館までは、ゆっくり歩いても徒歩10分。これっぽっちも“ついで”ではない。

……だけど。
顔をしかめた僕が抗議の言葉を吐く前に、「何か文句でもあるの?」と姉が先手を打ってくる。
高圧的なそのオーラに、首を縦に振ることなんか出来やしない。こうなれば、後はもう潔く姉の奴隷と化すしかなかった。

幼い頃からこの姉にだけは、口で勝てたためしがない。

案外、どこの家庭でもそうなのかもしれないけれど、少なくとも僕の家では“女の権限”と言うものが強い。

普段厳格な父も、母には頭が上がらないようだし、姉弟間でもまた然り。

これは何というか……幼い頃から刷り込まれてきたもので、「僕」という人間を構成している一部となってしまっているため、今更歯向かっても仕方がない(と思うことにしている)。


出かける準備をしなければ。
部屋の時計を確認すると、既に3時を示している。

全くあの姉は、夕食のデザートにでもするつもりなのだろうか。


机の上に出しっぱなしにしてある大量の本を、カバンへと詰め込みながら――…、何気なく一冊の本を手にとって、パラパラとページをめくってみる。その本を選んだことに、特に深い意味はない。内容なんてどれもこれも似たようなものだったし、幾度となく読み返し、その度にため息を繰り返すことになった――そんな単語が連なっているだけだ。


輪廻転生、前世の記憶、夢が教えるあなたの運命、前世療法、逆行催眠……


こんなものを本気で書いている人がいるなんてね。
でも僕はそれを、バカバカしい とは笑えない。


ハァ、と深い息を吐く。
ページをめくるうちに、意識が夢に侵食されるような感覚が起こり、思考が暗く重い方へ傾きかけた時―――

「ちょっと、総司ーー!?行くなら早く出かけなさいよね!」
「………っ!今行くってば!」

階下からの姉の急かす声に、現実へと引き戻された僕は、手にしていた本を慌ててカバンへと押し込んだ。

あとは、財布に定期に携帯電話。
姉から無理やり渡された『買ってくるものリスト』が書かれたメモの切れ端は、くしゃくしゃにしてジーパンのポケットにねじ込んでやった。


あそこのチーズケーキ、夕方には売り切れちゃうんだから。


玄関へ向かう途中、リビングのソファで寛いでいる姉の、勝手気ままな台詞が耳に届く。
小さく溜息をもう1つ。
反論するだけ無駄なので、無視してスニーカーへ足を突っ込んだ。

そう言えば、メモだけでお金をもらっていない。踏み倒されないように、しっかりとレシートを貰ってこなければ。高校生の財布事情なんて、世間が思っているほど裕福じゃない。

(あまり酷くなるようだったら。本気で医者に行かないと、かもしれないし)

まさか親に相談して、診察代を出してもらう……なんて、間違っても出来そうにない内容だ。



扉を開けて外に出ると、すっかり春を感じさせる気持ちいい風と、やわらかな日差しに包まれた。
ここ最近は、友人からの誘いも断って、部屋に引き篭もりがちだった気がする。窓から空を見上げていたけれど、実際こうやって全身に風を浴びるのは久々だ。

もしかしてコレは、ちょっとは外に出なさいと言う――姉からのお達しなのだろうか。
さすがにそれは、考え過ぎなのかもしれない。でも、横暴そうに見えて実は結構優しいあの人のことだから、あるいは―――


目的の駅までは、歩いても1時間弱。
図書館に寄って身軽になってしまえば、散歩するにはもってこいの距離だ。


僕は玄関先に戻って
「いってきます」と声をかけてから、徒歩で目的地へとむかう事を―――選んだ。


まさかそれが
“運命”の一歩になるなんて



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