小説 | ナノ





【 序 】 記憶

秋が過ぎ、師走の慌しい空気の中。
また、僕の夢に変化が現れた。


モノクロのサイレントムービー
もう一人の「僕」を、観ている僕

今までの夢の形式は例えるならばこうだった。


だけど、「僕」の心を理解していくうち、いつしか僕は完全に「僕」になってしまっていた。説明しようとすると、ちょっとややこしい。――兎にも角にも、もう一人の「僕」は消え、夢の中の「僕」と僕は1つの存在になった。

それから僕は「僕」として、たくさんの夢を見た。

勿論、それは嬉しい変化だ。
それまでは人を斬る夢ばかりだったんだから――



「――総司―」

それが、僕の名前。

だから、夢の中の“みんな”も当然のように僕をそう呼んだ。
“みんな”が誰かはわからないけど、大切な人達だってことは何故かわかった。


一緒にご飯を食べて、飲んで騒いで。お祭りに行ったりもした。猫と追いかけっこをしていたり、誰かと鬼ごっこをしていたこともあった。剣の練習をした後のお風呂は気持ち良かったし、縁側で日向ぼっこをするのは最高に贅沢な時間だった。みんながくれる金平糖は、甘くて幸せの味がした。
人を斬ることが全くなくなったわけじゃなかったけど……それ以外は、どれもこれも笑っちゃうくらい他愛のない日常を描いた夢で―――
 
ただ、一貫して 懐かしさ があった。


たとえば、小学校の時の遠足とか運動会とか。記憶を引っぱり出してみると「なつかしいな」って思うでしょ?……それと一緒。


一緒なのは、可笑しい筈なのに

夢の光景はひどく“懐かし”かった。

夢の中での僕の生活も、目覚めた時の喪失感や同時に感じる懐かしさも、全てが余りにもリアル過ぎた。


(もしかしてこれは……)


心のどこかに潜んでいた、万が一の可能性。

こんなにも深く夢と共鳴する事がなければ、まさかと笑って一蹴してしまっていたであろう、馬鹿げた1つの可能性。


(僕の―――“記憶”?)


それを本気で考えたのは、
新しい年を迎えたばかり朝のことだ。

初詣の帰りに見つけてつい買ってしまった、色とりどりの金平糖たちが躍る綺麗なボトル。カーテンの隙間から差し込む光が、机の上に乗っている小さな飴をキラキラ きらきらと揺らめかせる。

そして、ポロポロ ぽろ…、と

それを見つめているうちに何故か、胸が締めつけられるように痛んだ僕の目から、大粒の涙が次々と溢れてきた。

これが一体なんなのか…誰かわかるなら教えて欲しい(自分の涙の意味さえも、全然わからないだなんて。)

夢の中の“みんな”なら、その答えをもっているんだろうか?(でも“みんな”が誰なのか、わからない。)


わからない、わからない。わからない。


夢の中でどんなに楽しく過ごしても、どんなに嬉しいことがあっても。現実の僕はこんなにも苦しい。――出口のない迷路に迷いこむことが、こんなにも苦しいことだったなんて…と。目覚めはいつも、溜息を吐いてぼんやりすることが多くなった。


――それでもまだ僕は、夢を見る。

(その意味を、誰か教えてよ――)


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