満水 (……眩しい、) セミが死ぬ午後も変わりなく時間は進む。暑くてもジャージは脱ぐことなく、下だけ少し折って足はとげになりかけたコンクリートに刺さるしかない。ないことばかり。大きい水槽に浮かぶあいつだけが日差しを受けて、俺は屋根の下にいるしかない 「怖くないの」「別に」 「溺れないの」「別に」 (いつまでだって俺は屋根の下から抜けられない) 愛だらけの薬品に浸かるシズちゃんとは違う、勇気なんてない。日の下で見られるのが怖い。「ね、知ってたよ」体育座りで薬品だらけの水槽でぷかぷか浮かぶ彼を見つめる、沈んでいく彼から目が離せなかった。妙にきらきらしている気がして、俺も一緒に沈みたかっただけ、溺れるんならって思うだけ。これも結局「ないものねだりだ。」 「何ぶつぶつ言ってんだ」 見たくなくて頭を伏せてたのにシズちゃんは水を連れてわざわざ俺の前髪をかきあげて濡らしてしまって腕を引っ張った。前髪が、ジャージが濡れる。フェンスが軋む。 「お前見てたら涼しくなんねえよ、行くぞ」 ジャージだけは不愉快だと泣く。どこに?そう言えば「お前もプールに入れってんだよ」このジャイアニズム、さすがに疲れる 「仕方ないんだから」 屋根の外はじりじりして熱くて焦げそうで、「シズちゃん、」まるで俺の中だった。心だった。 セミが鳴くのと、それと俺と彼とが音を立てて薬品に飛び込むタイミングは同じだった。俺も彼もこの時だけは何より誰より星にだって勝るくらい輝いてたかもしれない。薬品だらけの水だけが気持ちと相反して冷たかった。 (好き) [*前] | [次#] ページ: |