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8.


あの後、俺は財布を伊瀬に返した。

勝手に開いたことは黙っていたし、中に入っていたカードの名前が全て違っていたどころか深海伊瀬と言う名前のものが一枚もないことも黙っていた。なのに、伊瀬は意味有りげに微笑んで、ウィンク一つ飛ばしてみせただけだった。

だが、財布の表面に指が触れた瞬間、余裕が有り余っていた顔が僅かに強張ったのを俺は見逃さなかった。チップが埋め込まれてある場所、俺が爪で傷を付けて取り出そうと試みた場所。

伊瀬は深々とした爪痕をしばらく見ていたと思ったら、苦笑いと共に長く息を吐いた。

『どうやら、…君は僕が思っているよりも遥かに頭がよく切れるらしいね。で、見付けたのにどうして取り出そうとしなかったの?』

『危険を冒したくないんだ』

というより、危険な割に得る物がない。

このチップに入っている情報がどれだけの重要機密だとしても、俺には必要なないものだし、それを知ったことによって危険が生じるのであれば、そこまでして見る価値もないし、避けた方がいい。

スリルは好きだ。だが、敏感に危険を嗅ぎ分ける能力と引き際を知ることは大事だ。

ふっ、と伊瀬が笑った。

『君の言う通りだ』

『…もしも俺が中身を見ていたら?』

『見たところで今の君にセキュリティは破れないよ。でも、…そうだね、万が一見ていたら、それで君がさっき僕の手を取っていなかったら、』

ニヤリ、と形のいい口角が吊り上がる。

それは確かに笑みで間違いなかったのに、ゾクッと背筋が震えて動けなくなった。

『君には消えてもらうところだったよ』

それは生まれて初めて浴びる殺気だった。

伊瀬にとっては本気なんて欠片も伴わない悪戯な殺意だったんだろう。だが、それでも俺はのしかかるように感じて、息がたまらず苦しかった。

なのに、その次の一言が喧嘩を売っているように聞こえたあの頃の俺は、本当にバカだったと思う。

『ま、君がセキュリティを突破するのは無理だから、そんなことはありえないんだけれど?』

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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。