「ようこそ。清宮様、朝倉様」
加賀美は部屋にいた。
革張りのソファーに座って長い足を持て余すように足を組んでいたが、俺達が入ってくるのを見ると立ち上がり、姿勢を正した。
昨日は少し傷んでいるように見えた金色の髪は丁寧にろに流され、整えてある。黒地にグレーのストライプの入ったスーツに、白のワイシャツ、上品な濃い紺色のネクタイ。
手袋はしておらず、素手だ。
手首に見えたシルバーの腕時計は世界的に有名なブランドのもので、昨日より煙草の匂いが薄い分、あの香水の香りがはっきりした。
ウッディーノートにベルガモット。
清宮グループの御曹司様に会うために今日よりも身なりに気を配ったんだろうが、香水の香りが漂ってきた瞬間に慧がひどく不快そうに顔を顰めたのを俺は決して見逃さなかった。
昨日より上品で、上流階級の雰囲気が滲む姿。慧を相手にするなら当たり前かもしれないが、その妙ににこやかな鳶色の瞳には、やはり悪意を通り越した明白な殺意が存在していた。
それには慧も気が付いただろう。
不自然にならない程度に俺に視線が流され、だが、次の瞬間、慧は適度な笑みを貼り付けた。
「こんばんは。昨夜は大変申し訳なかった。急用があったもので…。本日のお招き、並びに買収へのご同意、心より感謝する」
さすがだと思う。
わざとらしく見えず、自然な笑み。買収した相手に媚びるのではなく、堂々とした態度に見合う悠然とした笑みには余裕と自信が滲み、若さで見下されたり引けを取ることがない。
取り引きをするならもっと媚びた方がやりやすい。だが、若さゆえの勢いと未熟すらも浮かんだ笑みは、実力者を油断させていく。
実力のない者は気圧され、逆に実力のある者は未熟さを見付ける微妙な笑み。そのラインを絶妙に計算しきった表情だった。
加賀美はにこやかに言葉を返した。
「いえいえ、滅相もない。昨夜は私が朝倉様を引き止めすぎてしまったようで…。今夜お越し頂き、誠にありがとうございます」
そして、喰らい合いが始まった。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。