ひぐらし前線


今年の夏はもうひぐらしが鳴いている。

ひぐらしって秋に鳴くんだよね?


──……一人呟く。

誰にも聞かれる事もなくただ空気に波紋を広げ、消えていく。



ビルの中にいても蝉の声が聞こえてくるのはまだここが都会になりきれていないからだろう、そう思う。

静寂の中キィ…と椅子を動かし空を見上げれば長く、細い飛行機雲が空を切り裂いていた。夏特有の厚い雲を目の端に捉え、眩し過ぎる太陽の光に目を細める。

こんなにゆっくりした時はいつ以来だろう、等と考えながら身体中の力を抜き、革張りの椅子に深く背を預ける。



あと少しで夢の中という時にだんだんと足音が近づいてきたのを感じドアの方に体を向ける。
途端、バン!と大きな音を立ててドアを開け部屋の中に一人の女性が息を切らして入ってきた。



「───……ハル?」


いまだ呼吸の荒いその女性は自分もよく知る、昔からの知り合い。
三浦ハルなのに気が付いた。



「……っ、ツっ、ツナ…さぁん!!!!」

「えっ!?ちょ、どうしたのさ!?って………………もしかしてまたハル…」


始めこそ慌てた様子だったツナだが思い当たる節があるのか今度は少し面倒臭そうな顔になった。
それに気付いていないのかハルと呼ばれた女性は目に涙をたっぷりと溜めながら言った。


「獄寺さんが約束破ったんですぅ!!!!」



ずびっ、と鼻を啜りながら事の経緯を話し出した。



「──…つまりハルは獄寺君に大怪我はするなと言ったのに今回の仕事で獄寺君が全治5ヶ月の怪我をしたから心配して怒ってるわけだね?」

「はい、その通りです…。」

「(これはまた………)」


項垂れるハルの姿を見てツナは苦笑しつつどうすべきかを考える。

「うーん……、ねぇハル。獄寺君は仮にもマフィアなんだ、怪我をする事だって沢山あるしいつ死ぬか分からないところにいるんだ。
それは分かるよね?」

「…………はい。」


「かと言って怪我して当然だなんて俺は思ってない。俺だって怪我なんてして欲しくないし出来る事なら危険な所へも行って欲しくないんだ。だけどね、そんな世界に来たのは獄寺君の意思であってそういうところで生きていくっていう獄寺君の信念があるんだよ…。俺達が簡単に踏み込んじゃいけない。
だってそれは獄寺君のプライドだから。



ハルにもあると思うよ?
曲げたくないモノ。」


「………そう、です……ね。




ツナさん…
私に出来る事って何なんでしょうか……、私はただ待っているなんて、嫌……です。」



「ハルにはね、待っててあげて欲しいんだ。」


「っ、私は!!!」

「笑顔で、ね?」

「へ…………?」

「笑顔で、獄寺君を信じて。それで待っててあげて?これはハルにしか出来ないんだ、俺や他の皆じゃダメなんだ。
ハルが、笑って帰りを待っててあげる。」


「──それはハルが、ハルにしか出来ない事なんですね…?」

「うん。そうだよ」


「…、わかりました。ハルは待ちます。ずっとずっと。獄寺さんが帰ってきたら笑顔で迎えます。それがハルに出来る事。」


「─それじゃあほら、行ってあげて?」

「はひ?」

「ドアの外。獄寺君待ってるよ?」

「!!はいっ!ありがとうございましたツナさん!!やっぱりツナさんは凄い方です!!」


そう言った彼女の目に、もう涙は無く、ドアの向こうからは獄寺の怒鳴り声とハルの元気な声が響いていた。











ひぐらし前線


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070815

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