夢見がち少年


「綱吉くん、綱吉くん」



一面の花畑、腰までの長さが風に揺れ、足元を隠す。ふいに名前を呼ばれ振り返るがそこにはただ小さな花弁が首をかしげているだけ。気のせいだったのか?そう思った矢先、再び名前を呼ばれる。


「綱吉くん、こちらです。」



ざあ、と強い風が吹き花びらが舞い上がる。目を瞑り止むのを待ち、そして開く。自分の正面、遥か遠くに人影が見えた。目を細め誰なのかと確認するとその人物はゆっくりと、だが確かに遠ざかっていく。慌てて追いかけるが花が邪魔をして中々近付けない。


「だれ、ねぇ!君は…一体、」


「綱吉くん、気付いて下さい。綱吉くん、僕に、気付いて…」


「!!」





再びの強風、視界は妨げられる。気付けば既に人影は無く、気の遠くなるような数多の花達が見失った自分を嘲笑うかのように風と戯れている。どうしようもない不安感と、言い様のない虚無感に襲われその場に崩れ落ちる。しかしふと思い出した先程の言葉。




僕に、気付いて




確かに彼はそう言った。
ずきりと頭が痛む。何だ、何かを忘れている…?

大切な何か。溢れだした衝動に突き動かされるように走り出した。ひたすら真っ直ぐに。絡み付く花々を蹴散らしながら、息がきれるのも気にせず夢中で走った。そして果ては無いだろうと思われた花畑の、その端に、それは存在していた。きらきらと輝く湖面、真ん中にぽつねんと咲く、一輪の蓮の花。がくがくと震える足を叱咤しゆっくりと湖に近付く。淵に着き、座り込む。
手を伸ばしても到底届かないそれに、それでも手を伸ばさずにはいられない。ゆるゆると差し出された掌を、優しく風が撫でる。その時、つう、と頬を通る生暖かい何かに気付く。しかし、溢れ、止まらないそれを拭う事なく視線は蓮を捉える。届かない、触れられないもどかしさに嗚咽が止まない。



「ごめん、ごめん………!!気付いてあげられなくて…!!オレ…オレ、最低だ…っ!」


「綱吉くん、来てくれたのですね…。待って、いました。ありがとうございます……。綱吉くん、」


「っ、骸…!!今っ、今行くから……!!今、そこから出してあげる…」


「綱吉くん、会いたい……、君に、触れたい……!!」








ばしゃ、と水音を立てながら一歩、また一歩と湖を歩く。湖底の砂がぶわりと舞い踊り、足元を不安定にする。何度も何度も転びながら、それでも視線を蓮から外す事なく進みゆく。そして湖の中心、蓮の花に触れようとした瞬間、体が後ろに強く引かれ視界は暗転する。



「………………め、……代目、十代目!!!!」


「…あ、え…………獄寺、くん?」

「一体どうなされたのですか?!その、酷く…魘されて……?」

「獄寺くん、オレ、少し出かけるね。」

「えっ!ちょ、十代目?!」






何処に行けばいいのか、それは体が理解っていた。無心に、直感を信じ歩を進め、辿り着いた研究室。そこは絶えずこぽこぽと水の湧く音が響き無数のカプセルが並ぶ。そのうちの一つの前で立ち止まりそっと手を添える。小さく何かを呟けばごぽりと大きな水音をさせ、中にたゆたうものが滑り落ちてきた。ざぱあ、大量の水が床を濡らす。その中心、一人の男が横たわる。濡れるのも構わず床に座り込み、その男を抱き締め、水で濡れた重みのある髪を撫でる。そして男の目はゆっくりと開かれ、その左右で色の違う目で自分を見下ろす人間を認識し、微笑んだ。二人の目からは同じように、涙が溢れていた。




「骸…………お待たせ。」


「本当に……君は…」


「ごめんね、遅くなって…」


「そう、ですね。とても……長かった、」


「……うん、」


「待ちくたびれてしまいました、僕は………君に、触れたかった」


「うん……」


「綱吉くん、綱吉くん…!!」


「骸、行かなきゃ。早く、行かなきゃ、また…」


「はい………っ」






二人は静かに研究室を出た。そのすぐあと、研究室内は慌てふためき何人もの研究者が居なくなった男を探し始めた。



それを確認せずまま二人は走り、既に沈みかけた真っ赤な夕陽を肌に感じながら仲間のいる屋敷へと飛び込んだ。屋敷内は突然居なくなった主を探すため慌ただしく人々が往復していたが、帰ってきた主を見ると安心したように肩を落とし駆け寄ってきた。しかし主の後ろに項垂れる彼を見つけると再び、騒然となった。そしてその直後、電話が鳴り響き誰かが対応した。その内容を聞き、目を見開く。だがすぐに表情を戻し一言二言話した後、電話をきった。その人物は主の前へ歩み、たった今かかってきた電話の内容を告げる。それを聞いた周りは再び騒ぎ始めるが、主は飄々とした口調で自らの行動を告白した。



「今日から彼もファミリーの一員だよ。だけど誰にも話しちゃダメだからね?オレはもう二度と彼をあんなとこに戻す気はないから。」


「しかし十代目…!!」


「これは決定事項だよ。反論は認めない、ごめんね、獄寺くん…」


「……っ、」


「皆も、いいよね?」




目の前の部下達に問う。それに対し渋い顔をするも、主の決めた事ならば、と皆頷く。
それを見て、にこりと微笑みありがとうと呟く。




「骸、そういう事だから。君も、それでいいよね?」


「はい…!」

























(もう、君を離したりしないから)(僕も、離れません、)




090202



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