「おお、沢田!」
この短時間で一体何が…
私の前には着替えを取りに戻る前より幾らかシャキッとした風見さんがバリバリと書類をこなしてる
「何かありました?」
「ついさっきまで降谷さんが戻ってたんだ」
でた。降谷さん
少し前に風見さんに苗字を教えて貰った尊敬に値する上司
彼に"いつも助かってる"とでも言ってもらったんだろうか
彼の機嫌がいい時はいつも降谷さんが絡んでるから…憧れパワーはすごいなと実感する
「噂の降谷さんですね」
「沢田にとっては幻の降谷さんか」
「伝説のポクモンみたいですね」
「いや何方かと言えば降谷さんはトレーナーで俺たちがポクモンだろ」
あれれ、こういう時はいつも降谷さんを一緒にするなって怒られる所なんだけど今日の風見さんはノリノリで自分は電気ネズミのポジションがいいなんて一人で話してる
風見さん…電気ネズミを選ぶなんてブレませんね
私はずっとボールの中で休んでたいです。
「ここに来て結構立ちますけどまだ会えないなんて私は降谷さんとはもう一生会えないかも知れません」
「降谷さんも沢田に会うのが楽しみだと仰ってたぞ、期待のルーキーだと伝わっているみたいだからな」
「それはプレッシャーですね!?」
「お前ら書類しろよ」
入口で話す私たちの間に入ってきたのは風見さんと同期の深山さん。
手には私がかってきたケーキが握られていてフォークを使わずそのままかぶりついて食べている
あ、フォークつけてもらうの忘れてた
「お疲れ様です」
「おー、お疲れ様
結羅ケーキサンキューな、疲れた体に染み渡ったわ」
「お前も徹夜か?」
「昨日まで三徹だった。
今日終わってやーっと愛しの我が家に帰れるってわけだ」
「三徹…ほんとお疲れ様です、事故しないように最後まで気を張って帰ってくださいよ
深山さん変なとこ抜けてるんですから」
この前私が登庁した時なんて耳栓してるの忘れて耳が聞こえないなんて騒いでた、その前は出来上がったばかりの書類をシュレッダーに掛けてたし…深山さんは疲れが溜まると危ないタイプの人だと思う
「沢田、お前が言えることじゃないぞ」
お前も相当抜けてるからな、風見さんが眼鏡を押し上げながら見下したような視線を浴びせてくる
私は深山さんほど抜けてるつもりは無い、と言うかむしろボンゴレにいる時と違ってずっと気を張ってるから抜けてると言われるようなことをした覚えもない
「まあ風見さんも人のこと言えませんけどね!」
「上司に向かって…!」
怒りでプルプル震える風見さんの横をすり抜けて自分のデスクへと戻って書類の山に手をつけた
「さっ、書類書類!
深山さんお疲れ様で!」
「お前らほんと仲いいな…」
深山さんはシワになった上着を羽織ってヨロヨロと帰っていった
…大丈夫かな。
**
あれから何時間たったのか、書類は減ってるのかすらわからないくらい残ってるけれど外はもう真っ暗闇
私たちの上以外の電気は消えていて、部署にはもう私と風見さん以外残っていなかった
「沢田、飯はどうする?」
「あー、私家から持ってきました」
カバンから栄養ゼリーを数個取り出して自分のデスクの上に置く
あ、栄養ドリンク。
風見さんの分も持ってきてたんだ
「これ、風見さんもどうぞ」
1秒も無駄にしたくなくて失礼ながらパソコンと書類に目を落としたまま目の前のデスクに座る風見さんにドリンクを差し出したけれど一向に受け取る気配がない
「…風見さん?」
「それが、飯か…?」
珍しくメガネの下の瞳がくわっと見開かれていて、その視線は私のゼリーに向かっている
ああ、これおいしいからなー…
「これ風見さんもお好きなんですか?」
ぐい、とゼリーも差し出すと彼が掴んだのはゼリーでも栄養ドリンクでもなく私の腕だった
「食いに行くぞ」
「え?え!?いや私にはこれが…
それにこんな時間あいてるところなんて…」
「それは飯じゃない
この時間でも近くの牛丼屋は開いてるから問題ない、時間は惜しいからテイクアウトだ」
「えー!?」
ずりずりと引き摺られ、あっという間に近くの牛丼屋へ連行される
くそ、流石公安…風見さんだからって舐めてたけど力は強かった…
はい、メニューと渡されたけれど似たようなものばっかりで何どれがいいのか…!
「沢田は何にする?」
「ええ…と、風見さんと同じやつで…」
「牛丼の並2つと、豚汁2つ」
初めて入った牛丼屋が珍しくてキョロキョロしてると目立つなと怒られた。
みんなテレビかスマホを見てるから誰も私たちのことなんて気にしてないと思うけど…
ふふ、風見さんって私の親より親みたい。
それから程なくして出てきた牛丼を持って来た道を戻る
またあの書類の山に立ち向かうのかと思ったら気分が沈んでいくけど初めての牛丼が食べられると思えばまだ頑張れる気がする
牛丼はとても美味しかったです。