本能が立ち上がる



※ほんのり流血表現あり

次の方どうぞ、と申し訳ないけど疲れた声を発する。
そうすれば低音のいい声でお願いしますと聞こえてきた。今日最後の採血の患者さんはどうやらいい声の持ち主らしい。その声を辿れば簡単に見つかった。ボサボサの髪に無精髭。若干右脚に違和感を感じる歩き方。

彼はよく知っているプロヒーローだ。


「お名前教えてください」
「相澤消太です···もしかして苗字さん?」
「はい、今日は人手不足で外来なんです」
「そうなんですね。お疲れ様です」
「いえ仕事ですから大丈夫です」

本日何十人目か忘れたが採血係として外来に借り出されている。超人社会のこの世界、強靭な腕の持ち主から実体あるのか分からない腕とさまざまで非常に難しい。ただ難しいとやる気が出てくるタイプなので今日は外来に来てよかったとは思っている。ただ数えきれない数をこなせば疲れが出てくるのは申し訳ない。

「腕縛ります。親指中にしてぐっと握ってください」
「はい」
「相変わらずいい血管で惚れ惚れしそうです」
「血管褒められたのは初めてです」
「相澤先生の血管は綺麗だし刺したくなりますね」

はいチクッとします、とお決まりの台詞を吐きながら、真っ直ぐな血管に針を刺す。自分でも今日1番の出来だと思ってにやけてしまった。相澤先生の血を抜きながらそんな事を考えていれば、彼は私に向かって微笑んでいた。
相澤先生。採血されながら微笑むって今まで気が付かなかったけどドMだったのかもしれない。一瞬くだらないことを考えだが、きっと彼はそんな人ではない。なによりプロヒーローが針を刺すぐらいの痛みなんて、どうと言うこともないはずだ。
なら何でこのタイミングで彼は微笑むんだろう?


「なに笑ってるんですか?」
「苗字さんいつも採血してる時楽しそうだから」
「え?そうですか?」
「一生懸命で可愛いなって・・・あ」
「きゅ、急にそんな事言わないでくださいよ」

つい本音が漏れたと恥ずかしそうに相澤先生が笑った。その画があまりにも魅惑的で不覚にドキッとしてしまった。そのせいで針を固定していた手が緩まり、針が血管から抜けてしまった。そこから溢れてくる血に少しだけ焦る。駆血帯を外しながら相澤先生の血液をアルコール綿で止める。何もなかったように平然を装ってみる。普通だったら駆血帯を外してから針を抜いて止血をする。急にあんなこと言われて止血する準備もしていなかったので慌ててしまった。
ちらっと相澤先生を見ればまた微笑まれた。


「ちゃんと取るべき血は取りました」
「流石苗字さん採血上手いですね」
「全ては相澤先生のせいです」
「俺が余計なことを言いましたからね」
「本当そうですよ・・・」
「でも採血ありがとう。またお願いします」

たぶん歳上の余裕というやつだと思う。ちょっと慌てた私が微笑ましく思ったんだ。私自身も後輩とか年下の子を微笑ましくて可愛いと思ってる。それが男女とか関係なく根本的に可愛いという気持ちは同じだものだ。だから相澤先生もそんな感じで、いま私を可愛がっているんだ。だってさっきの"可愛い"と言ったのも口説くとかそんな甘い雰囲気にはなっていなかったし。

「そう言えばうちの問題児がお世話になってますね」
「あー、緑谷くんとか爆豪くんですね」
「手が掛かるアイツらを収めてくれて助かります」
「無個性の私に彼らは何もしないですよ」
「苗字さんは珍獣扱いの個性だと思ってました」
「・・・ふふっ相澤先生って冗談言うんですね」

私につられるように相澤先生も笑いだした。
その温かい空気に少しだけ和んでしまう。きっと歳上の男性と付き合ったらこんな感じだったりして。啓悟には申し訳ないけど、少しだけそういうのを考えてしまった。別に浮気ではない。啓悟は啓悟なりの良さもあるし温かさがある。だけど知らない物には興味が湧いてしまった。もし啓悟が私より歳上だったらどういう関係になったんだろう。

「今度お礼をさせてくれますか?」
「ごめんなさい。私には彼氏いますから気持ちだけで嬉しいです」
「それもそうですよね。苗字さんみたいな素敵な人には、彼氏いるのは当たり前ですよね」

ストレートな相澤先生の言葉に頬が熱くなる。相澤先生は「苗字さんの彼氏くんが怖いからオジサンは退散するよ」と言って席を立った。相澤先生の言う"彼氏くん"が気になり振り返れば、壁に寄り掛かりながら満面の笑みを浮かべている啓悟がいた。確か今日は早く仕事が終わるから迎えに行くと言っていた。だからそこに居ることも説明がつく。

だけどその啓悟は凄く怒っているように見えた。


「イレイザーヘッド診察室はあちらですよ」
「失礼するよ、ホークス。苗字さんまた」
「あ、はい。相澤先生お気を付けて」

相澤先生は採血室の扉の方に歩き出した。彼の右脚の義足は馴染んだのか歩行は問題なさそうだ。相澤先生を採血室から無事に見送れば啓悟は深くため息を付いた。今日のノルマである採血は全て終わった。あとは片付けをしたら今日の仕事はお終いだ。
ただ片付けをする前に啓悟のご機嫌を伺うことにしよう。ゆっくり立ち上がり啓悟が寄りかかっている壁に歩み寄れば彼の腕の中に閉じ込められた。

「どうしたの啓悟」
「・・・イレイザーヘッドに嫉妬した」
「なんで?」
「名前さんを取られてしまうと思った」
「そんなことあるはずないのに」
「でも年上の男性の方が頼りがいあるじゃろ」

でも傍から見たらいい感じだったと頭の上からか細い声が聞こえてきた。私が一瞬考えてしまったことが伝わったかもしれない。
だけど結局のところ私は鷹見啓悟という人間が好きなんだ。別に年上とか年上とか関係ない。自分が望む世界になることを心の底から願った彼は誰よりもカッコイイ。汚れ仕事だってきっと沢山してきたんだと思う。だけどそれぐらい真っすぐで純粋な心を持ち合わせている彼なんだ。ヒーローのホークスとして生きていた彼も、私の前で飾らない啓悟も好き。彼の全てが大好きで愛している。


「大丈夫だよ」
「・・・ん」
「私はホークスも啓悟も大好き」
「うん、俺も名前さんが大好き」
「もう何処にも行かない。むしろ離さないで」
「俺はもう離すつもりはない」

ぎゅっと彼の身体を抱き締める返す。そうすれば頭の上から嬉しそうに笑う声が聞こえた。嫉妬したと言っていたが私もプロヒーローのホークスの人気に嫉妬してるんだよ。だけどそれを言ったらきっと啓悟は喜んでしまいそうだから今日は黙っておこうと思う。
とにかく早く片付けて手を繋いで一緒に帰ろう。彼が私との関係で不安に思わないようにめいいっぱい甘やかすことにした。


prev
next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -