ぜんぶの宝物をくれるのだから



(ホークスside)

死柄木弔が主犯のテロ行為から世の中は復興に向かっている。正確にいえば殆どの復興は終わっているようか気がする。世界総人口の8割が何らかの特異体質である超人社会。この世界では建物の修復など物理的なことは、数十日あればある程度出来てしまう。そして政治や制度とか、お偉いさんがすることも概ねまとまっている。残っていることと言えば、精神的な部分になるだろう。誰もが傷つき、苦しみ、悲しみが生まれてしまった。そっちは時間が解決していくことを願うしかない。

そんな感じて表向きは平和な世の中になった。そうすれば俺はまた九州を中心に活動するプロヒーローに逆戻りとなった。つまり愛しの名前さんとは離れ離れの生活となってしまったのだ。ただあの時は違うのは会いに行こうとすれば、会える距離に彼女はいる。俺はその事実だけで幸せに満ち溢れている。


「名前さんお邪魔します」
「おかえり啓悟」
「···ただいま、名前さん!」
「うん、おかえり」

俺は九州、名前さんは東京で各々自分の仕事をして生きている。毎日は会えなくても週に1度会えるか会えないそんな日々を過ごしている。出来る限り俺は行ける時に名前さんの家に行くようにしている。その逆も然り俺の家に名前さんがいる時もある。その非日常感のドキドキ感は半端なかった。

そして今日も俺は名前さんの家を訪れている。摩訶不思議な数ヶ月間、共に過した彼女の家には行けば"おかえり"と名前さんは言葉をくれる。何気なく"行く"という感覚でいた自分に、名前さんはここに"帰ってくる"と居場所を当たり前のようにくれる。改めて"おかえり"という言葉が俺を温かい気持ちに縛り付ける。以前から知っていたが、些細な言葉で幸せをくれる名前さんは天才だと思う。


「今日先輩が日本酒くれたんだ、一緒に呑もう?」
「よかね。俺も久しぶりに呑みたい」
「そう言ってくれると思ってお刺身買ってきたの」
「名前さん流石ばい、準備万端」

玄関から廊下を通れば、リビングにあるテーブルの上に有名な日本酒が目に付いた。その視線に気がついたのか彼女は嬉しそうに日本酒を入手した経緯を語り始める。職場のことをいつも名前さんの話が楽しそうに話すので、同僚のことが好きなのが伝わってくる。彼女の優しい人柄だからこそ、みんなに好かれているんだろう。自慢の彼女で俺は俺で誇らしい。

名前さんの話を聴きながら、準備してくれた夜ご飯をテーブルに運ぶ。刺身以外にもだし巻き玉子やもつ煮など日本酒に合うツマミが美味そうに盛られている。彼女の手料理は本当に美味しい。名前さんと結婚したら毎日美味しいご飯を食べられて太ってしまうかもしれない。それはそれで仕事を頑張るしかない。いつかはそんな毎日が来ることを今は楽しみにしとこう。

明日はお互い休みだ。優しい先輩から頂いた日本酒を呑みながらゆっくりと名前さんと語り合おう。のんびり過ごす夜も楽しいひと時になりそうだ。





口当たりがすっきりとしてなめらかな味わい。名前さんも美味しそうに日本酒を飲み干している。俺と名前さんは日本酒の好みも一緒らしい。それすら俺は嬉しくて幸せに感じてしまう。
呑みやすい日本酒だからこそ、お互いどれくらい呑んだか曖昧になってきた。いつもより思考が遅くなっているが、たまにはいいことにしようと思う。何より目の前にいる名前さんは頬を真っ赤にして目がとろんとしている。これがまた愛らしくて、あー今すぐ食べてしまいたい。


「そーいえばこの間先輩の子供が産まれたんだって」
「女の子でした?男の子?」
「男の子だったよ。写真見る?」
「見せて欲しか····ん、これは愛らしか」

名前さんのスマホには愛らしくこちらを見つめている赤ちゃんが映し出された。ニコニコしているその屈託のない笑顔に胸がきゅんと締め付けられる。俺も子供が欲しくなってきた。絶対名前さんとの子供も愛らしいに決まっている。
だけどそもそも俺はまだ名前さんにプロポーズをしていない。つい先日"彼女が俺と心の底から結婚したいと思ってくれるまでプロポーズはする気はありません。それぐらい俺は彼女との関係を大切にしたいと思っているので"とドヤ顔してしまった。地上波で発言してしまった手前、プロポーズするタイミングを失ったのは確かだ。

「名前さんは男の子と女の子どっちが欲しかと?」
「啓悟との子供ならどっちでもいいな」
「それは俺も同じばい」
「男の子なら啓悟に似てかっこいいんだろうな」
「女の子なら名前さんに似て愛らしくて目に入れたって痛うなか」

想像するだけで頬が緩む。名前さんとの明るい未来に夢を見てしまった。当たり前のように毎日"おはよう"と"おやすみ"を言い合いたい。美味しいご飯を一緒に食べたい。名前さんが疲れた時は甘やかして、楽しい時は一緒に笑って。俺に小さな幸せを沢山くれる彼女を心の底から大切にしたい。出来れば俺からも幸せをあげられるならあげたい。

だから····。


「名前さん結婚してしてくれんか」
「···はい、お願いします」
「そうですよね・・・・えっ!?はぁ?」
「なに自分で言っといて驚いてるの」

一気に酔いが覚めていく。頭が全く処理出来ない。何が起きてるのかよく分からないし、えっ?焦る俺と落ち着いている名前さん。彼女はゆっくり立ち上がり、俺に水をくんだコップを手渡してくれた。少し冷たい水を飲み込めばさっきより冷静になった。
いま口にするつもりもなかった想いが漏れてしまった。その事実と名前さんの返事が未だにうまく飲み込めてない。


「結婚してくれるんでしょ啓悟」
「あ、はい···こちらこそお願いします」
「啓悟ならロマンチックとこでプロポーズしてくれると思ったけど、日常的な場面のプロポーズもいいね」
「いや景色よかレストランでプロポーズするつもりやった。ただ名前さんがおる日常が欲しゅうなって本音が飛び出てしもうて···あぁもう俺ダサか」
「私は啓悟らしくてそういうとこ好きだよ」

俺は愛してます、と返せば名前さんの頬がさっきより赤くなった気がする。愛しているという感情が溢れて名前さんの唇にキスをする。アルコールの匂いがしてムードも何もないけれど、慣れしたんだこの部屋での思い出がまたひとつ増えた。それが日常の1ページをくり抜いたみたいで、これはこれで幸せを感じられる。名前さんと出会って本当によかった。

ただ女の人にとってプロポーズをされるのは一生に1度だけ。男としてこんな形で終わらせたくない。後日お酒は呑まずに景色のいいレストランで、プロポーズし直したのは別の話。ただ名前さんは"あのプロポーズでも良かったのに"と嬉し涙を浮かべて笑ってくれた。

これからも俺はこの人を一生大切にすると誓った。


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