★瞳★

「セシル、大丈夫か?」
イミテーションとの戦いで、暗黒の力を使ったセシルは少し消耗した顔をしてフリオニールを見た。
戦いには慣れている。
暗黒の力を使うことにも。
“大丈夫。こんなことはどうってことない”
記憶は元通りには戻っていないけれど、いつもそういう言葉を言ってきたように思える。
習慣がそうするように、セシルは繰り返し、その言葉を言おうとした。
しかし、フリオニールの瞳に見つめられると、言えなくなってしまう。

彼はあまりにも透明な瞳で自分をのぞき込んでくる。
瞳の奥、フリオニールの考えまでもが透けて見えてしまいそうな視線。
『俺はお前を心配している』とその瞳は語り掛けてきた。
そして、このまっすぐな視線の下で、セシルは嘘をつくことができないでいた。
その場をごまかそうとする言葉などもってのほか。
相手のためを思っての優しい嘘もフリオニールの前では言うべきではないと思っていた。
今まで自分を押し殺してきたセシルにとって、思っていることをそのまま伝えるのは困難に等しかった。

何も言わないでいると、フリオニールはセシルの肩に手をかけ、さらにその瞳をのぞき込む。
美しい瞳に移る自分自身の姿がひどく狼狽していることに気が付いた。
「大丈夫。・・・でも、少し、疲れた・・・」
フリオニールのほうでも、セシルに声をかけ、その瞳を見つめると、いつも驚いたような顔をされることに気が付いていた。
自分の問いかけに答えるとき、一拍子遅れる。
言わんとしていたことをやめて、ほかの言葉を探しているように思える。
しかし、セシルが何を言おうとしてやめたのか、フリオニールにはわからなかった。

「セシル、さっきのイミテーション、お前と剣を交えているとき、何か言っていなかったか?」
セシルはまた少し思案した。
先ほどのイミテーション。あれは、「カイン」だったと思う。
自分がいた世界では、親友だったはず。しかし、ある日を境目にどこか遠い所へ行ってしまった・・・
「お前の名前も知っていたように思えたが・・・」
「・・・うん。彼は、僕の親友のイミテーションだ・・・」
「?・・・親友?」
フリオニールの瞳が違う色を発する。“そんな風には見えなかった。彼はセシルをひどく憎んでいるように思えたが・・・”彼の瞳は語る。

「僕はずっと親友だと思っていた。でも、カインにとっては違っていたのかもしれない」
「・・・」
「僕とカインは、王国の騎士だったんだけど、カインは突然敵側について遠くへ行ってしまった」
「・・・そうだったのか」
「カインの・・・考えがわからないんだ。僕はカインと本当に戦わないといけないのかな」
セシルは瞳を伏せながら言った。こんなことをフリオニールに言っても負担になるだけだと思う。
まっすぐ前だけを向いているフリオニールを見ていると、一歩も進めずに堂々巡りしている自分がみじめに思えてしまう。
「そいつが、セシルの大事なものを傷つけようとするなら戦わないといけないと思う」
すでに昔に決意をして、そこへ向かっている途上のフリオニールは言った。

―やっぱり、なんの迷いもなく、言えるんだ・・・―
その瞳にセシルは気後れしてしまう。
「うん・・・わかっては、いるんだけど・・・カインはなぜ裏切ったのか、考えてしまうと・・・」

今度はフリオニールのほうが瞳をはずした。
彼の頭には、自分の世界の記憶がよぎる。
破壊された町。そこで犠牲になった両親。瀕死の命を助けられた反乱軍では力試しのために敵の本拠地へ偵察に出された。
“どうせ戻ってこられまい”という顔が見送る。
すべての人が、暖かい場所で静かに暮らせる世界にしたいと思う。
しかし、それができないときがある。力がないものは殺されてしまう。だからあの時、力を試されたことに恨みはない。
試された先に待っていたのが、家族同然だと思っていた幼馴染の兄だったとしても。
彼も、多くのものを失った先に、考えたことがあるんだ。

「どんなに考えても、答えがでないこともある」
フリオニールは言った。
「セシルに失ったものがあるように、そいつも何かを失って、いろいろと考えたんだと思う」
セシルはフリオニールを見つめる。
「人の心はすべて言葉で説明できるものではないさ。
・・・ずっと一緒にいたいと思っていた人が、明日突然いなくなってしまうこともある・・・」
伏せていた瞳をセシルに向ける。
その瞳はいつものように澄んではいたけれど、セシルを通り越して、どこか遠くを眺めているようだった。
―きっと、フリオニールも多くのものを失ってきたのだろう―
セシルは思った。

考えの甘さに、あきれられてしまうかもしれないと、フリオニールをうかがっていた自分を少し恥じた。
“今できることに対しては全力を尽くす。しかし、自分の力ではどうしようもできないことはあきらめるしかない”
そう語りかけてくるフリオニールの瞳は、純粋さの中に諦観が漂っていて、ひどく老成しているように思えた。

「フリオニールも、だれか大事な人をなくしたの・・・?」
「・・・あぁ」
一呼吸置いてからフリオニールが言う。
「とても大事なひとを失ったと思う。・・・だけど、うまく思い出せないんだ・・・
思い出してしまうことが恐ろしくもある。俺の世界は、帰れるような場所ではないのかもしれない」
「・・・それでも、戦うの?」
「あぁ、ほかに方法もないしな。この世界にとどまり続けるわけにもいかないだろう」
フリオニールは言い、あっけんからんとした顔をして笑った。
深刻な顔をしていたセシルはその笑顔に拍子抜けする思い出した。
しかし、一緒になって微笑む。
「そうだね」

思えばセシルは、考えても仕方のないことばかりを考え続けていたのかもしれない。
カインのこと、陛下のこと・・・いつか自然と答えは出てくるのではないか。
「フリオニールとだったら、前に進めるような気がするよ。ありがとう」
ふわっと微笑むセシル。
フリオニールはセシルの笑った顔が好きだ。
いつも考え込んでいるセシル。
だけど、屈託なく笑った時の顔はまるで花が咲いているようだ。

しかし、フリオニールにはセシルの悩みも、今なぜ礼を言われたのかもわからなかった。
毎日、ただやみくもに歩き、戦い、眠りにつく。
そこに何も確信できるものを見いだせなかったからだ。

[ 2/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -