★それぞれの想い★

「セシルを止めなかったんだな」
「・・・あぁ」
カインがセオドールに非難の目を向ける。
暗黒騎士になるとカインに言ったセシルは、志願書を提出すると、訓練施設に入ってしまった。
それはあっという間の出来事で、カインは口出しをする暇もなかった。
セシルのいない屋敷の中で、カインは落ち着かない心を持て余していた。
セオドールはカインの鋭い瞳を見つめている。
「お前の気持ちはよくわかる。私だって反対はしたさ」
「では、なぜ・・・!」
セオドールは書斎のソファに悠々と腰をかけ、詰め寄るカインを受け流している。
「今まで、あの子は自分の意見を言うようなことはなかった」
過去を反芻させるセオドールの遠い目。
カインの知らないセオドールとセシルだけの思い出。
「両親が亡くしてから、あの子は私に迷惑をかけないようにずっと私を伺ってきた」
セオドールの瞳に悲しみがよぎる。
カインは、セオドールのその様子に黙り込んでしまった。
「感情を押し殺して、いつも笑顔を私に見せてきた」
幼年の子供に似つかわしくなく、セシルは弱音を一切吐かなかった。セシルがどんなに寂しい、辛い想いを隠してきたか。
そのセシルがこの部屋でだけ、まれに見せる涙はセオドールの心を痛ませた。
「ましてや我がままなど一度も言ったことのないあの子が、自分のやりたいことを私に言うことなどなかった」
「・・・・・・」
「だから、あの子が自分の行くべき道を見つけたのなら、私はそれに賛同する」
悲しみを称えた瞳に見つめられて、カインは今度こそ言葉を失った。
セオドールの瞳は、セシルと過ごしてきた年月を感じさせた。
それは、まるでカインを拒絶しているように見える。
セシルが生まれた瞬間から、ずっとセシルのそばにいたセオドールに比べれば、カインとセシルの関係は浅いと言わざるを得ない。
カインは唇を噛み、セオドールの部屋を後にした。
行くべき道。
セシルが望んだ道なら自分だって賛成したいとカインは思った。
しかし、安易に賛成したことで、取り返しのつかない結果になることだってあるではないか。
自室へ帰ったカインは苛立ちながら、考えていた。
今度セシルに会うときは、暗黒騎士となってからだ。
立て掛けられた槍を手にする。
バロンで最高峰の騎士となるセシルと肩を並べられる者は自分でなければならない。
カインは逡巡する心を振り払うかのように修業に励んだ。

数か月の訓練の後、セシルは無事に暗黒騎士となった。
屋敷に帰ってくる。
カインとセオドールはセシルの帰還を今か今かと待ち侘びていた。
二人は努めて平生を装うとしていたが、表情に漂う緊張を隠しきれないでいた。
屋敷の扉が開く。
そこにはセシルが立っていた。
暗黒の鎧を纏ったその姿に、二人は息を飲んだ。
全身に隙間なく黒の鎧を纏った姿は悪鬼そのものだった。
暗黒の小手に覆われた手を持ち上げ、兜に掛ける。
ガキンという拘束具を外すような音を立てると、その兜は取り除かれた。
兜の中から、銀糸が零れる。
「兄さん、カイン!」
セシルが二人に笑顔を向ける。
いつものセシルだ。
セシルの顔が露わになると、二人は胸をなでおろした。
「セシルッ」
カインがセシルの前に出て、その体を抱きしめる。
「カイン、ただいま」
カインの背中に手を回しながら、セシルは微笑む。
銀糸に顔を埋め、セシルがここにいることを噛みしめるように、カインはセシルをきつく抱いた。
「セシル、良かった」
しばらくセシルを抱きしめた後、カインはセシルの頬を包み込むと、そう言った。
蒼白な顔で自分を見つめるカインに、セシルは少し困ったような表情を浮かべて、オーバーだな、君は、と呟く。
そこへ、セオドールが近づいてくる。
「兄さん」
セシルが駆け寄る。
セオドールはセシルを胸に抱きとめる。
「ただいま、兄さん」
「おかえり、セシル」
抱擁の後、二人は口付けを交わした。
髪を撫でるセオドールの指先を感じ、セシルはうっとりとした表情で薄く目を開ける。
唇を離すと、セシルとセオドールは見つめ合う。
セシルの柔らかい頬笑みに、セオドールの表情も解れた。
「心配かけてごめん。僕、暗黒騎士になれたよ」
ヴァンパイアだもの。どんな試験にだって耐えられる、そう付け加えた。
いつもと変わらないセシルの様子に、カインとセオドールは徐々に平静の落ち着きを取り戻して行った。
セシルが戻った屋敷はまるで花が咲いたように明るくなった。
3人はその夜、久しぶりの晩餐を楽しんだ。

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