★日常★

白魔道士の魔法の甲斐もあり、セシルの傷はすぐに癒え、また兵学校での日常が始まった。
授業に出るべく兵学校の校門をくぐったセシルを見つけると、カインはすぐに駆け寄り、セシルに謝罪をしようとした。
カインの表情が緊張で強張っている。
こちらへ駆けてくるカインの姿を見た時、セシルは一瞬表情を引きつらせた。
「・・・セシルッ・・・」
カインがセシルを呼びとめる。
「・・・カイン」
冷静な顔を作り、セシルは応じた。
「・・・あの時は・・・」
「もう、いいんだ」
カインが口を開こうとすると、セシルはそれを封じるように言った。
「怪我だってもう何ともない。それに、剣の舞が真剣を使うってことは分かっていたし。それに、あの難しい舞を真剣でやったら、怪我をするのも当然だ」
勢いよく喋ってしまうと、セシルは少し平静を取り戻し、今度は自然な笑みを作ることができた。
その柔らかな笑みの中に、謝罪は受け付けないというセシルの強い気持ちを悟り、カインは、そうかと言うと、その場を後にした。
カインが行ってしまうと、セシルは少し安堵した表情を浮かべた。
そして、何か物悲しい瞳をカインの背に向けた。
―あの時のカインの瞳―
セシルは剣の舞を踊った時のことを思い出していた。
月明かりを反射させたカインの虹彩が眩く光った時、カインの瞳はまるで自分を犯す陛下の瞳に見えた。
―陛下が僕を慰み者にする時の瞳―
セシルは寒気を感じ、腕を組んで自分の体を抱きしめた。

兵学校の中でカインに出くわす度に、セシルは息がつまりそうだった。
カインに悟られないように自然を装う。
カインの方でも、セシルの表情に一瞬怯えが走ることに気が付いていた。
声をかける前に、カインは一度瞳を反らす。
その逡巡が二人にとってはもどかしかった。
親しい記憶が遠のいて行く。

カインの方ではもう二度とセシルを傷つけないと固く誓っていた。
陛下は月が惑わせたと言っていた。
しかし、カインは自分の本当の気持ちを陛下に悟られてしまったのではないかと恐れていた。
いや、陛下は確実に気が付いているだろう。
そして、自分が、その過ちの第一歩を踏みしめてしまったことを喜んでいた。
カインは罪と自分の欲望を恥じる気持ちに苛まれた。

その後何カ月か時間が経ち、剣の舞での出来事が徐々に学校から忘れ去られた時、カインとセシルの学年が合同でモンスター退治の任務を行うこととなった。
カインの方が一学年上だ。
上と下の学年でバディを組まされた時、偶然イニシャルの近いカインとセシルは二人で組むこととなった。
セシルがカインの前に進み出る。にこやかな笑みを作ると
「カイン、あてにしてるぜ」
と言った。
カインの方でもさわやかな笑みを浮かべ、
「任せておけ」
いつもの挨拶をした。

バロン周辺に出現するモンスターを対峙する。
近頃モンスターの動きが活発になり、街にまで近づいてくるものも出るようになってしまった。
陸兵隊では手が回り切らず、兵学校からも部隊派遣がある。
カインとセシルはゴブリンの群れと戦いを交え、学校へ帰還しようとした。
その時、ソードラットとフロータイボールの群れとかち合ってしまった。
空から攻撃を仕掛けてくるフロータイボールはカインが、鋭い針を刺してくるソードラットをセシルが担当する。
ジャンプで空高く舞い上がり、戦況を俯瞰しながら、カインが冷静に敵を倒して行く。
セシルも一匹ずつソードラットを倒す。
もうすぐ戦闘も終わると思っていた時、セシルの後ろに回ったソードラットが針を飛ばし、セシルに攻撃を仕掛けていくのをカインが見た。
セシルはまだ気が付いていない。
ジャンプでフロータイボールを倒した時、そのまま下降し、セシルの後ろに降り立つ。
そして、針をセシルの身代わりに受けると、槍を持ち直し、ソードラットに突き刺した。
モンスターの群れは全て灰となって消えた。
「・・・ぐっ・・・」
カインは額に汗を浮かべて、地面に片膝をついた。
「カインッ!大丈夫か?すまない、僕が甘かったばっかりに・・・」
「心配ない」
腕に刺さった針を抜いて行く。
毒をもった傷口を吸い上げ、血ごと吐き捨てる。
応急処置を施すカインをセシルも手伝う。
腕の処置は終わったが、わき腹に刺さった針をカインが引き抜くと、セシルがカインの前に膝まづき、その傷口を吸い上げた。
「・・・セシルッ・・・くっ・・・」
「ごめん、カイン。じっとしてて」
さすがにここは自分で処置することはできない。
目の前でセシルが自分の服を捲り上げ、その傷口に唇を近づける。
そこをきつく吸い上げられると、痛みが走った。
「・・・ふっ・・・」
セシルは痛みに耐えて瞳を閉じているカインを盗み見た。
青白い顔をして、眉を寄せ、耐えているカインが扇情的に見える。
そのカインの服をまくって口づける自分は何か禁断の行為をしてしまっているように思えた。
カインが薄く瞳を持ち上げる。
応急処置に奮闘するセシルを見た時、自分の血で汚れた唇をふと、セシルが頬笑みの形に歪ませていることに気が付いた。
二人は思っていた。
―あの時と形勢が逆転した―
自分を刺したカインは、きっとこんな気持ちだったに違いない。
カインが片手を持ち上げ、セシルの唇に触れた。
自分の血で真っ赤になっている唇を指で拭う。
そのままの体勢で、数秒二人は見つめ合った。
カインは指に付着した血を眺めると、
「すまん、セシル」
そう言って、何事もなかったかのように立ち上がった。

この出来事は二人にとって仲立ちになった。
以後はまた、親友としてお互いを尊重し合いながら学科励んで行った。

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