★エビル・ムーン★

剣の舞を披露する当日がやってきた。
練習を重ね、舞いにも自信がついたセシルは、少し緊張だが上機嫌の面持ちで舞台裏にやってきた。
カインと合流する。
舞いのための伝統衣装に着替え、戦化粧を施す。
ここでもセシルの化粧はカインが担当した。
公式の行事のため、練習の時より濃く施して行く。

舞いは日が暮れた闇の中で行われる。
満月の日に執り行われるのが習わしだった。
カインとセシルが舞台の上に現れると、群衆からは歓声が上がった。
二つの月が満ちている。
淡い光に照らされ、神聖な雰囲気に包まれている。

二人は雅楽に合わせて、舞いを演じる。
剣を交えては、離れる。そして、剣で優美な曲線を描く。
二人の件が交わり、カツンと音を立てる度に、歓声が上がった。
カインはセシルを見つめた。
絹の衣装がセシルの体に張り付いている。
優美なドレープがセシルを彩る。
柔軟なステップ。媚びたような動き。
月明かりに照らされたセシルの表情は美しかった。
化粧も手伝ってか、白い顔が夜の闇に浮かび上がるように輝いた。
紫色に染められた唇に笑みを湛え、妖艶に舞う姿は妖精のようにも、死神のようにも見えた。
この死神にだったら、魂を奪われても構わない。
カインはそんなことを思っていた。
くねるように舞うセシル。
満月がセシルの銀糸を輝かせる。
振り向いたセシルの瞳が月明かりを反射させて、カインを射る。
すみれ色は満月を映し、銀色にも青色にも輝いた。
その時だった、カインは持っている剣を構え、反射的にセシルを刺し貫いてしまった。
剣の切先がセシルのわき腹に食い込む。
柔らかな皮膚を貫く感触。
驚きに見開かれるセシルの瞳。
群衆が息を飲む。
カインには全てがスローモーションのように感じられた。
背を仰け反らせて、床に崩れ落ちて行くセシル。
まるで、官能に浸っているかのような動作。
月夜の精霊を、自分は刺殺して自分の物にした。
月明かりがカインの交感神経に囁きかける。
情欲に取りつかれたカインのぎらつく瞳をセシルは見た。
「・・・ッ・・・カイン、どうして・・・」
寄せられる眉。
青に縁取られた瞳が揺らぐ。
倒れ込んだセシルから剣を引き抜いた。
剣先に纏わりつく深紅。
―あぁ、これが、セシルの血―
カインは余韻に浸りながら、セシルの血に触れる。

観客席の中に居た貴婦人が悲鳴を上げた。
そのけたたましい声でカインは我に返った。
「・・・俺は、なんてことを、セシル・・・!」
セシルに手を触れようとした時、舞台袖に控えていた教官がなだれ込んできて、セシルは抱き起こされて保護され、カインは引っ張って行かれた。
舞台には急いで幕が降ろされ、事件の痕跡は覆い隠された。

セシルは白魔道士の部屋へ運び込まれ、治療を受けている。
カインは手を後ろに縛られ、独房の中に入れられた。
教官たちはあまりの出来事に絶句し、カインを連れていく最中何も話さなかった。
独房の中、カインは唖然としていた。
鉄格子の嵌められた窓からは二つの月が爛々と辺りを照らしている。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
独房の床に這いまわる冷気が、カインを凍えさせる頃、明晰な靴音を響かせて、誰かがやってきた。
カインは顔を上げる。
そこには、バロン王陛下が居た。

カインは陛下に何か謝罪の言葉を述べようとしたが、寒さに唇はかじかみ、言葉にならなかった。
陛下は笑みを浮かべ、
「カイン、お前の舞は素晴らしかった」
と、この場にそぐわないことを言った。
非をとがめられるかと思っていたカインは意外な顔をした。
「セシルのことは心配ない。白魔道士のケアルで傷はすぐに治った」
陛下がカインの閉じ込められている独房の扉を解錠した。
「セシルの舞も、お前に負けず劣らず美しかった」
舞う姿を反芻しているかのようなうっとりとした表情で言う。
「古代ダムシアンの法律では、満月の日に犯罪を起こしたものは無罪となったそうだ」
満月の方向を見ながら陛下が続ける。
「月は人を惑わす。お前も、月に、セシルに惑わされたのだろう・・・?」
そう言って、満月の方からカインに視線を落とした。
陛下の瞳の中に、何か邪悪な光が輝いていることにカインは驚いた。
「どうだった・・・?セシルを刺し貫いた感想は・・・?」
舌舐めずりをしながら陛下がカインを見る。
「・・・」
カインは何も言えない。
「私はお前を咎めない。・・・さぁ、ここを出ろ」
陛下は扉の前から退き、カインが外へ出られるようにした。
カインは立ち上がると、独房を後にした。

セシルが収容された白魔道士の部屋を訪れる。
セシルはベッドの中で寝かされていた。
おそらくスリプルをかけられたのだろう。起きる気配がない。
毛布を剥ぐ。セシルは着替えさせられたのか、布のローブを着ていた。
そのローブを捲り上げ、自分が刺し貫いた箇所を探す。
傷はふさがっていたが、少し傷跡が残っていた。
皮膚のくぼみに指を沿える。
―これが、俺が付けた傷か―
カインはセシルの体に屈みこみ、その傷口に口づけた。
カインの瞳には先程陛下が見せた、邪悪が煌めいていた。
二つの月が、それを見守っていた。

★☆★☆

昔のイギリスの法律は、満月の夜の犯罪は本当に無罪だったらしいですよ!
1Q84に書いてありました。ヒュウ★
1Q84には月が二つ浮かんでいる世界が出てくるんですけど、一つの満月がこれだけ人を狂わすのなら、月が二つあったらどれほどのことになるかって書いてあってテンションSKYHIGHになりました。

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