★少女の夢(下)★

令嬢はゼムスが催した夜会に招かれていた。
具合が優れないという理由で断ろうかと思っていたが、セシルとセオドールも招かれていると聞きつけ、出席することを決めた。
瀟洒な邸の中へ入って行くと、セオドールとセシルはまるで宗教画の天使の様な美しい装いで、ゼムスと言葉を交わしていた。
その姿を見た時、令嬢の心には甘酸っぱい恋の予感が閃いた。
しかし、あの時の行為のことを思い出し、さっと青ざめると、心は沈んで行った。

夜会が始まる。
集まった貴婦人たちは、セオドールとセシルを褒めそやしている。
「なんて美しい兄弟」
「亡くなってしまったご両親に恥じないセオドールの政治はどんなに素晴らしいことか」
「セシル様の美しさには適う女性はいない」
二人はつつましやかに謙遜し、褒め言葉を辞退していた。
それもそのはずだ。二人が女の媚びなんかに応じるはずはない。
だって、二人で禁忌を犯して、その体を貪り合っているのだから。
令嬢は立ちあがった。
突然中座しようとする令嬢に皆の視線が集まった。
「どうかして?」
貴婦人が声をかける。
「みなさま、このお二人に騙されてはいけませんことよ。あたくし、すべて見てしまったのですもの」
令嬢が口を切った。
「バラ園でお二人が何をしてらしたか」
勝ち誇る様な笑みを浮かべて。
セシルは蒼褪めた顔で令嬢を見ていた。
令嬢は小柄ですんなりとした体つきをしている。
甘ったれで気の弱いお嬢様風な姿をしていたが、その小さな体の中には獅子を思わせるような凶暴な炎が燃えたぎっていた。
令嬢の口からは、その容貌に似ても似つかないようなあからさまな言葉が飛び交う。
その言葉に周りの貴婦人は、まぁ、とか、いやだわ、とか、好奇心と軽蔑の入り混じる感嘆を上げている。

令嬢はあの日から夜も眠れず、セシルとセオドールの媚態の幻影に悩まされていた。
汚らわしい二人。自分は淡い恋心を踏みにじられた。
いわば、セシルに裏切られたのだ。
事実を全てぶちまけながら、令嬢は思っていた。

あの時、セシルが一本の枯れたバラを眺めていたのは、朽ちてしまったバラを憐れんでいたのではなく、それがまるで自分のようだったから、気をひかれただけだったのではないか。
彼こそ、醜く枯れたバラそのものだ。
品行方正な、自分たち大勢の中に混ざる異端者。

貴婦人たちの視線がセオドールとセシルの体の上を這いまわる。
ゼムスは突然、見出されてしまった夜会の席を楽しそうに見守っていた。
令嬢は貴婦人たちがどんなにセオドールとセシルを軽蔑しているか、思い知らせてやりたかった。
しかし、貴婦人たちの方では、この紳士二人が絡み合って身悶えているところを想像し、その官能を楽しんでいた。
視線によって、セシルはその場にいる全員に犯されている。

貴婦人たちが耳うちするようにさざめき合い、噂をしている。
青い顔をして震えているセシルを、見下すような表情で令嬢は眺めた。
ミステリアスで美しい容姿をしている二人。しかし、その麗しい秘密ですら、このように白日の下にさらされてしまえば、醜悪でグロテスクなものに変貌する。
天使を模倣した仮面は剥がれ、醜い怪物が姿を現す。
令嬢はセシルに復讐した気になっていた。
燃え立つような瞳で二人を見据える。
令嬢は確かにセシルを憎んではいたが、そうまでしてセシルに執着を見せ、セシルを弾劾しようとする熱意こそ、セシルを愛している証拠だった。

こそこそと交わされる会話をひとしきり楽しんだゼムスは、その口を開いた。
「紳士淑女のみなさま」
重々しく語るその口調。
最も高貴で、最も権力を持った者の発言に、その場にいるものは息を飲んで耳を傾ける。
令嬢は、裁判長による審判が下されるのだと心が躍った。

「あなた方はバラを見れば美しいとおっしゃり、蛇を見れば気味が悪いとおっしゃる」
腹の底に響いてくるような声。
ゼムスは低い笑い声を上げる。
「あなた方はご存じないのです。バラと蛇が親しい友達で、夜になれば、お互いに姿を変え、蛇が頬を赤らめ、バラが鱗を輝かす世界を」
ゼムスがまるで爬虫類のような鋭く冷たい視線を投げかけると、貴婦人はヒッと声を上げ、黙り込んだ。

その時、突然照明が落ち、辺りが闇に包まれた。
短い悲鳴が上がる。しかし、場はすぐに静まり返る。
再び灯りがともった時、集まった貴婦人たちは気絶し、その場に倒れ込んでいた。
セシルとセオドールは顔を見合わせる。
「貴殿達ときたら、全く困ったことだ」
ゼムスは含み笑いをしながら、立ち上がった。
「貴婦人方々についてはお気になさるな。精気を吸って記憶を飛ばしただけだ」
ぞっとするほど下品な、味気ない精気だ、吐き捨てるようにゼムスが言う。
セシルはまだ少し震えている手で兄の手を握ると、席を立ち、このおぞましい空間を後にした。

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