★目覚め★

翌朝、兄がなかなか起きて来ないことを心配し、セシルはセオドールの部屋へと入って行った。
すると、兄は夜着を着たまま、床に倒れ込んでいた。
「兄さん!」
すぐさま兄に駆け寄る。
「兄さん、兄さん!どうしたの?兄さん」
目に涙を浮かべながらセオドールを抱き起こす。
そして兄を抱き抱えていると、兄の夜着が乱れていることに気が付いた。
どういうことだ?セシルは混乱する頭で部屋の中を見渡した。
家具は壊れていないし、争ったような形跡もない。
セシルは、床に何かこびりついた跡があることに気が付いた。
これは・・・?兄さんの身に何が?
セシルは動揺しながらも、兄をベッドまで運ぶと、ブランケットをかけた。
医者を呼び寄せてみると、診察の結果は、ただの貧血ということだった。
きっと兄は気張るあまり、過労で倒れたのだろう、セシルはそう判断した。
造血剤を処方して、医者は帰って行った。
目を覚ます気配を見せないセオドール。
セオドールの頬を撫で、薬と水を口の中に含むと、兄の口を少し開かせ、口移しで飲ませた。
セオドールの飲下す動きをする。きっとこれで良くなる、セシルは少し安堵した。
何者かが兄に狼藉を働いたのかもしれない。セシルの心には怒りが沸き立ってきた。
「兄さん」
その首を掻き抱くと、セシルはセオドールの唇に接吻を落とした。

造血剤はセオドールの中に溶け込んで行った。仮死状態となったセオドールに精気を与える。
3日間眠りについていたセオドールは、そのわずかな精気によって自我を取り戻した。
目が覚めた時は酷い貧血で、頭がふらつき、ベッドから起き上がることもできないでいた。
しばらくそのまま、目を閉じていると、なんとか気分が安定してきた。
ゼムスに噛みつかれた傷を探るように首に手と伸ばしてみると、不思議と傷は無かった。
窓から月明かりが射しこんでいる。
ゼムスの館へ行かなければ、自分の身に起こったことを説明させてやる。
そう思い、セオドールはふらつく足を叱咤し、夜の道へと出て行った。

セオドールの考えることを見通していたゼムスは、公園の柵にしがみつくようにして歩いているセオドールの真横にサッと現れ、支配的な調子で挨拶をした。
「やあ、セオドール君。夜の散歩かい?」
額に玉の汗を浮かべているセオドールは憎々しげにゼムスを眺めた。
しかし、その眼差しの中にはそちらから現れてくれて良かった、という安堵も込められていた。
ゼムスはさも楽しげに笑う。
「そんな姿じゃ、食事もまだだろう」
一番最初の餌食となるのはセシルだろうと思っていたゼムスは当てが外れて残念そうな顔をした。
「仕方あるまい」
ゼムスの冷たい指先がセオドールの首筋に纏わりつく。
ゼムスの精気が体に沁み渡ってくるのを感じた。
今までの貧血が嘘のように、体が軽くなる。
「どういうことだ・・・」
きつく睨みながらゼムスへ問い質す。
「既にわかっていることをわざわざ聞くなどと、無駄なことをするような貴殿ではあるまい」
ククっと小気味よく笑い、ようこそ、闇の世界へ、そう言って紳士らしくお辞儀をして見せる。
「戯れは結構だ」
腕を組み、セオドールが憎々しげに視線を外す。
「これで貴殿はヴァンパイアの仲間入りだ。貴殿の体は既に死んでいる。しかし、神から見放された貴殿は地獄に行くことも許されず、この世に縛り付けられたのさ。その体を保つためには、生物の生き血を啜るか、精気を失敬するしかない」
「私はそんな化け物じみたことをしようとは思わない」
貴様の思い通りにはならない、セオドールの気概をゼムスは面白そうに眺めた。
「いつまでそんな意地を張っていられると思っている?人間が食事をするように、我々もまた、同じことをするのだよ」
貴殿がどうするか全く楽しみだ、そう言って、ゼムスはどこからともなく姿を消してしまった。
取り残されたセオドールは大人しく邸へ帰って行った。

ドアを開けると、半ば取りみだしたセシルが迎え入れた。
「兄さん、どこへ行っていたの?」
体に縋りついてくるセシル。
「兄さんの部屋、ドアが開いていたから覗いてみたら、兄さん、いないんだもの」
病み上がりの体で無茶しないで、そう言って顔をセオドールに埋めた。
「悪かった。ずっと寝ていたから、外の空気を吸いたくてな・・・」
セシルの髪を撫でながら、セオドールは呟いた。
セシルの体を抱きしめた時、セオドールはセシルとは全く違う生物になってしまったことを深く感じていた。
セシルの肌から匂い立つ色香。
白い首筋がまぶしいくらい目を惹く。
涙にぬれた瞳に見つめられると、その場に引き倒して貪ってしまいたい欲望に駆られた。
無意識のうちに、セシルの鎖骨に舌を這わせていることに気がついた。
「・・あ、兄さん・・」
身を固くしたセシルがしがみついてくる。
私はなんてことを・・・!
我に変えると、セオドールはセシルの体を引き離し、すまないと言うと、自室へ引っ込んでしまった。
その場に取り残されたセシルは自分の体を抱きしめるように、その場にしゃがみこんだ。
「兄さん・・・」
甘い吐息を包み隠すように。

その日からセオドールの苦悩は始まった。
陽の光が自分の目と肌を焼きつくすように強く感じられ、教会や天使の像から立ち上る神聖な空気がおぞましく近づくこともできなくなった。
そして、何よりセオドールを辟易させたのは、道を行く人間に食欲を感じることだった。
刻々と時は過ぎ、過ぎた時の分だけ、喉は渇きを訴える。
家に帰ればセシルと顔を突き合わせなければならなくなる。
今度こそ、自分は欲望を抑えきれないだろう。そう思うと、セシルと接することが憚られた。
セシルの顔を見ないように、自室へ閉じこもる。
そんな兄の様子にセシルは身を引き裂かれるような想いがしていた。
兄さんは僕が邪魔なのだろうか、そう思うとセシルの頬には涙が伝わった。

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